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2016.03.31

働くということ

 

 

 

ふううー、3月が今日で終わる。

今月は、めちゃめちゃ働いた。

世の中には、自分なんかより天文学的スケールで忙しい方々があまたいると分かってはいるが、自分の能力レベルで語るならば過去、記憶に残るレベルの多忙さだった。

 

いつものペースに戻れそうな目処が立ち、気持ちにスペースができてきた。

 

 

hataraku

 

 

昨年、サルヴァトーレ・サルガドというフォトグラファーのドキュメンタリー映画を観た。

監督は、ドイツの鬼才、ヴィム・ヴェンダース。

写真を趣味にしていらっしゃるお客様の薦めだった。

恥ずかしながら、映画を観るまでこの写真家のことを知らなかった。

 

社会的メッセージの強い写真を撮り続けてきた写真家としての半生を、出版された写真集とともに構成された映画だった。

写真がここまで人の心を揺さぶるのかと、胸が苦しくなった。

業界のことに全く知識のない人間にどれだけインパクトのあるメッセージを伝えられるか。

これが本物なのだと、クラクラする思いだった。

 

数多く出版されている写真集の中でも、とても興味深く感じたのが、WORKERS というタイトルの写真集だった。

世界の経済を動かしている人々をテーマとした写真集。

解説ともに紹介された写真集の被写体の数々。

 

意外だった。

と、同時にとても嬉しい気持ちになった。

 

私は、てっきりウォール街でキリッと決めたエリート集団や、時の経済に関わっている著名な方々かと思ったが、被写体として選ばれ写真集に掲載された人々は、土と同化するほど汗みどろの筋肉質の体を持った鉱夫たち、油田爆発の消防に幾日も幾日もあたる、目だけしか認識できないほど全身油まみれの消防士たち、潮風に刻まれたかのような深いシワと白い歯が印象的な漁師たち、とてつもない広さの綿を手摘みする女性たち、だった。

 

「この世の経済を動かしているのは、肉体労働者だ。」

サルガドの物静かで力強い言葉が、頭の中を幾度もリフレインしていた。

 

カメラに出会う前、サルガドは大学では経済を専攻し、そのまま経済に関わる仕事をしていたという。その中でサルガドが見てきた経済の正体というものはとても強烈に心に留まっていたらしい。

後にカメラに出会い写真家になることを決意した時、このテーマの写真集の出版は時期を待ち温められ形になったのだと語られていた。

 

働くということ。

自分の中にも、どこか肉体労働への崇高さのようなものを感じるところがある。もっともそれは、体感的なレベルの個人的なもの。

その共通観念に、サルガドのメッセージと同調できたような気がして自分が嬉しく思ったのだ。

 

体を動かし働くこと、これは神が人間に与えてくれた贈り物ともいえるのではないだろうか。

 

 

明日から、新年度。

 

今日も、おつかれさまでした。

 

 

 

次回は、佐賀展のご案内致します!

 

 

 

 

 

2016.03.24

明日の太陽

 

 

 

青空の下でテントを張って営業している八百屋が、我が家の食材を支えている。

新鮮な芽キャベツやしっかり詰まった小ぶりなトマト、元気のいいクレソン、丸々太ったアスパラガス、ピッカピカのいちご。

八百屋にも春満載。

なんだか野菜たちを見ているだけでウキウキするね。

 

asahikari

 

 

 

 

明るいうちに食事の準備を始めたら、どうにもワインに合いそうなメニューになってしまった。

お祝いに頂いていた赤ワインの栓を抜くことにした。

滅多にうちでは飲まないが、ここのところずっと立て込んでいて息をつく暇がなかったし、たまにはいいっか。

夕刻近くになると、気温がぐっと落ち込む。カーテンレースを引くために部屋を移動したら、日没前の光が壁一面に射していた。

 

まだ、こんな時間だったのか。

 

こんな時間に聞く音楽は、聞き馴染みのある曲だというのに、ずいぶんと違って聞こえる。

 

季節がまた巡ったなあ。

 

今日の太陽、さようなら。

明日の太陽、絶対来てね。

 

3月もいよいよ終わる。

 

 

2016.03.17

春の報らせ

 

 

親友の誕生日。

別な友人の敬愛なるお父様の死。

知人の婚約。

親戚の受験合格。

先週末より、悲喜こもごもな報らせが日替わりでやってきている。

 

 

 

seifuku

 

 

 

昨日は急に思い立って、いつもより少し早いがこれまでの冬のカーテンを外したくなって、春夏のカーテンに入れ替え、クッションカーバーや椅子のカバー、一気にお部屋の衣替えを行った。

 

今朝、目がさめると太陽の光がやんわりとカーテン越しに入り、部屋が優しい明かりに包まれて、時計を見ることなく夜明けを知らせてくれた。

 

朝食を済ませると、寝室のお気に入りの椅子に移動し、朝のコーヒーをゆったりと飲む。

春から秋にかけては、太陽をいっぱい浴びながらコーヒーのたてる湯気の向こうに青空を眺める。この時間が至福のとき。

今朝から、早速この時間が始まった。

 

そろそろ秋冬の個展用の制服化しているコートジャケットもクリーニングに出さなきゃ。

そんなことをぼんやり思う。

 

すこし重たい装いから解放されてくると、心も軽くなってくる。

心にも春の報らせが届き、スイッチが切り替わっていく。

 

無常の日々。

そして、きちんとやってくる季節に特別な幸福感を意識させてくれる。

桜の開花が近づくとそのことを強く思う。

 

 

 

 

 

2016.02.28

鹿児島の個展のお知らせは、ひとつ戻ってね!

 

 

本日は、桜が咲いてしまいそうな暖かさだった。

そして、明日の福岡は雪か?も?

なんともめちゃめちゃな天気が続いている。

 

 

封筒

 

 

 

鹿児島個展の発送の準備を済ませると、午後からは、久しぶりに一人の時間を楽しんだ。

ここのところ、ずっと立て込んでいて全くひとりの時間を丸一日過ごすことが意外にもなかった。

人は常に誰かとかかわって生きていかなければならないが、全くひとりの時間が片時も得られないということは、正直、息が詰まるものだ。

 

沈黙が生む、心の穏やかさを整えるためのバランスの時間。

 

整理整頓。

これを沈黙と抱き合わせて行うと、自動的に思考のクリーニングも行ってくれる。今抱えている問題やプロセスに、ヒントや導きが得られる。

 

 

どんなに慣れ親しんだ仲や近しい人、パートナーや家族がいてもひとりの時間を尊重してあげようと思う。

そして、たっぷりひとりの時間を過ごしたら、とびっきりの笑顔を見せること。

それが、信頼関係の間にある人への最高の礼儀のような気がする。

 

ひとりの時間をたいせつに。

 

とびっきりの笑顔とともに、鹿児島展会場にて皆さんとお会いしましょう!

 

 

 

2016.02.19

旅の本質語る名言

 

 

 

 

来月の鹿児島展の準備もラストスパート、日々キリキリと頑張っている。

 

作業場から空を見上げると、春近い夕刻の桃色の空に浪漫飛行している飛行機が見えた。

旅の虫がうずく。

 

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かつて某大手旅行代理店の支店長が熱く語った旅の本質語録をふと思い出した。

旅は最高に贅沢で豊かなものだ。

時間、お金、健康。

この3つがバランスよく揃ってなければ実行できない。

 

なんとも名言だ。

 

そして、もうひとつ。

マルセル・プルーストだったか、こんな言葉と出会ったことがあった。

今まで見たことのない新しい景色に出会うことが旅ではない。

今までにない新しいものの見方を、自分の中に発見することが旅だ。

 

初めてこの言葉に遭遇した時、思わず深く頷いたのを記憶している。

 

外を知ることで、内を知る。

自分を知る。この作業は死ぬまで続く。

 

旅先では切り取った面しか見ることができないが、その切り取った面を現実の日常の中でいかに組み立て生かしながら生活するのか。

その最も個人的な内の中で起こる構築作業は、たまらなく面白く、幾つになってもやめられない。

やみつき。の極み。

 

むろん、皆んなが面白いと感じるものではないだろう。

でも、自分にとって最高の旅のパートナーの親友もこれを楽しいと感じる感性の持ち主なのだ。

 

寄れば、旅の話をよくしている。

 

今年は久しぶりにバカンスを最高のパートナーと楽しめそうで、心の底からふつふつとわいてくる陽気な感情に心が軽やかになる。

この感情を言葉に表現するなら、わくわくする。

だろうか。

 

こんなに自分の心がわくわくする気持ちになるのは暫くぶりだ。

やっぱり、旅はやめられないね!!

 

飛行機

 

よおーし、出発の時まで仕事がんばるぞお!

テイクオフしたばかりの飛行機の背中に向かって、快活に叫ぶ私であった。

 

 

 

 

 

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