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2019.02.28

鼻先くすぐる匂い

 

 

 

ご挨拶が遅れましたが、無事に京都展が終了いたしました。

 

お運び頂きました皆様誠に有難うございました。

 

 

 

さて。

空気の中にも寒さは残りますが、すっかり気分は春支度。

 

お天気がよいと用事もないのにぶらつきたくなるのが、この季節。

他所様のお庭に咲き始めた色々の春の花が、とてもありがたく感じるものです。

我が家の近くの民家のそばを通ると、銀木犀の香りが漂ってきます。

ここを通る時は、少し歩調をゆるめ、決まって深呼吸をする。

その道を過ぎると、今度は焙煎珈琲店の香ばしい匂いが全身を包みます。

そして、もう少し進むとガーデンショップがあり、春の花やハーブの苗たちが店頭に並び、目にも香りをくれる。

 

匂いというものは、気持ちを安らげたり、一気に体調へと直結したり、過去の記憶を思い起こさせたりと五感の中でもある種特殊な感覚。

 

この地球という星に生まれてよかったな。

 

と、全身で思うのが春である。

 

未だ花粉症に悩まされていない私は、非常にラッキーである。

そう思いつつ、天気がよいとうろうろするのである。

 

 

 

 

 

2019.01.30

何をか奏でる

 

 

 

楽器が弾けたならどんなによいだろう。

もう30年近く思い続けている。

よし、今年は挑戦してみよう!

好きな曲を一曲弾けるようになればいいんだから、せっかくなら弾いてみたい楽器にしよう。

弦楽器だ。

新しいことを始めるのにベストな年初めにあれこれとリサーチをしたのは、ちょうど1年前の1月のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一生かかって、一曲でもよいから弾けるようになればいい。

楽器はチェロかバイオリンが憧れ。

 

しかし、正しい音を出すまでが果てしなく難しいという事実は、8年習っているというお客様から聞いたことがあった。

それらは、とりあえず棚の高〜い部分に置いたとして、調べれば調べるほどそれ以外の部分で断念する理由が、自分にとってはあまりにも多かった。

 

楽器購入は、噂どうりなかなかに気合のいる金額だ。

最初は、教室の貸し出しを利用させて頂くとして。

まずは、教室。

福岡の街の規模では、立地条件の合いそうな教室は思った以上にそう多くはなく、

おまけに大人はきっぱりとお断り、初心者もご遠慮な所があり、選択肢は狭まる。

教室候補があらかた定まったとして、何においても練習は必須。

毎日しましょう、初心者は特に。

どこで?

マンション住いの方は、クレームになるので練習用にサイレントバイオリンのオススメ、若しくは消音機を楽器につけて練習しましょうとある。

楽器メーカーがアップしていたサイレントバイオリンでの演奏動画を拝見。

動画を見ながら、習い始めた方々のレビューを読み漁った中で気になる事が書いてあったことが頭の中を占め始めた。

ひどい肩こりや頭痛に悩まされるという。

それは、まずい。

仕事で肩こりや頭痛があまりにもひどく、ジョギングやジム、あれこれやった末にたどり着いたピラティスやヨガ。

それを5年続けてきた今、漸く激痛の間隔がロングスパンになりつつある。

仕事も趣味も肩こり頭痛要因だなんて、本末転倒だ。

 

夢に膨らんだ情熱の炎はみるみる灯火と化し、動画を見終わる頃には完全に消火され、煙さえも確認したような気がした。

 

弦楽器は、全くの未経験者にはあまりにも敷居が高すぎた。

 

そんな経緯をかつてピアノをやっていた友人に話したところ、ウクレレが一番入りやすいよ。

持ち運べるし、練習もできるし。

楽器の値段も手頃だし。

なんだかあなたがウクレレ持ってる姿、めっちゃおもろいわ!

と、にやにやして私を見る。

ウクレレかあ。

アロハシャツを着たドリフターズの高木ブーがちらつき、語尾が下がる私。

 

あ!それかクラシックギターがいいんじゃない?!

今度は真面目な顔ぶりの友人。

!お!

いいねぇ!

広陵としたスペインの丘の上のオリーブの木の下で、遠くモロッコからの風に黒髪のストレートヘアーをたなびかせて、物憂気にギターを弾く誰かの姿がちらついた。

これ、誰?

とにかくステキ!

 

よし!また教室探してみる!

 

と、鼻息荒く自宅に帰って再び検索。

 

そして、教室を検索していたはずなのに、なぜかクラシックギターの巨匠、セゴビアのCDアルバムをアマゾンで購入し、すっかり満足して1年が経ってしまった。

 

楽器を習い始めるまでにこんなにも時間がかかるものなのだろうか。

ネットなんかであれこれ検索しなきゃよかったか?

挙句、まんまとネットでお買い物しちゃって、完全に振り回された感。

ネットの出現で疑似体験満足する人が増え、従来の経済の動きと全く違う動きが出てきたとよく耳にする、私はそれを体現したのか?

 

小さい頃に情操教育の一環として、何かしらの楽器をお稽古事でせめて習っておきたかった。

 

 

画像は、先月遊びに来た東京の友人の趣味というウクレレ。

どこに行くにも持ち歩いているらしい。

ショートボブの彼女がウクレレを奏でる姿は、とても可愛らしかった。

どこにもドリフターズの影はなかった。

 

楽器と彼女自身に違和感がなく、マッチングしていて心地よさそうに弾く様を見ながら、いつの日か私もマッチングした楽器で心地よく何をか奏でたい。

そんなことを思ってしまう諦めの悪い私に再会してしまったのであった…。

 

 

 

 

 

2019.01.20

宝石のカケラ

 

 

 

キッチンの棚を掃除していたら、手が当たり愛用の砂時計を落として割ってしまった。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見事に上半分が砕け、少しだけ飛び散った白い砂とガラスを片付けながらひとり呟いた。

覆水盆に帰らず。か。

 

 

初めて一人暮らしを始めた日の日曜の午後、掃除や洗濯を済ませて床に寝転がると、じっくりと自分の部屋を眺めて思った。

 

今、ここにあるものが私の持ち物の全てだ。

これらと通帳に入っているお金を合わせると文字どうり全財産ということか。

 

不思議な気持ちだった。とっても身軽な反面、1人だとこれっぽっちで生活ってできるものなのかという思い。

これから始まる。

好きなように始められるという気持ちで、少ない持ち物であることが、寝転がった視野の先に見える青空のように清々しく、さっぱりと心地よかった。

当時からインテリアには強い憧れがあった。

休みの度に家具屋さんやインテリア雑貨店を巡るのがとても楽しかった。

何も買えなくても楽しかった。

サラリーマンとして働き始めて最初のボーナスで、それまで何度も見て狙っていた、少し毛足の長いオフホワイトの小さなラグを思い切って買った。

一気に部屋が華やいで見えた。

花を一輪買いに行き、飾るともっと素敵に見えた。

 

翌日、嬉しくて一番仲のよかった同僚に話したら、見たい!見たい!となり休日に他の同僚達4人が集まってご飯会する事になった。

 

それぞれが一品ずつ持ち寄って、早めの夕方からのご飯会に全員が集まった。

 

まず乾杯をとワイングラスを持ち上げようとした寸前、同僚の男性がワイングラスを倒してしまい、オフホワイトのラグに赤ワインがドボドボこぼれて大騒ぎになった。

 

全員    わああああ!!!  わ、あああー!

Y         染み込む!しみこむ!

N         ごめーん!!

F         末野!タオルタオル!!早よ持ってきて!!!

S         濡らしたタオルがよかよね。

Y         あーあっ、今、末野は、心の中で絶対泣きよるばい!

N        ごめん。ほんと申し訳ない、末野、ごめん。

S         よかよ、だいぶ分からんくなったやん。気にせんどき。

F         よりによって赤!白やったらまだよかったちゅうに!

Y         ほんとや、誰が赤やら買うて来たと?

N        オレ。

Y         それもあんたや!ほんなこつ!だいたい末野も白かラグやら買うけんたい!

S         ごめん。赤にしときゃよかったあ。

全員     笑。

Y         ま、覆水盆に帰らずたい!

 

 

 

懐かしい。

赤い染みのついたラグをみんなでわいわいとタオルで拭きながら、不思議と悲しくはなかったのを覚えている。

 

建築家ルコルビュジエの有名な言葉がある。

 

「おうちは、暮らしの宝石箱でならなければならない。」

とても好きな言葉だ。

 

どんな設えにするか、自分にあったものを時間をかけてイメージしながら、ピタッとくる出会いを待つ。

暮らしながら少しずつ手を加えてゆく。

年齢とともに暮らし方や興味の対象、環境も変化してゆく、それに合わせてインテリアは少しずつ育てるものだと思う。

 

あれから引越しを7回程している。

幼い頃からも引越しが多く、少ない家具の生活に慣れていたのもあるせいか、当時からずっと持っている家具はさすがにない。

でも、今の自分にとって心地よい空間になってきた。

 

おうちの中の宝石は、家具や持ち物だけを表しているのではなく当時のラグ騒動のシーンも含まれるように思う。

 

見事に半分に割れた砂時計をそのまま捨てるにはちょっと惜しくて、キズのある真珠で蓋を作って本棚に置き、眺めながら思った。

 

君は、我が家の宝石のカケラだね。

 

 

 

 

 

 

 

2019.01.13

水中下

 

 

 

昨年秋から始めたトレッキング。

毎回訪れた先々で、色んなものが少しずつ五感に蓄積されてゆく。

水が完全に干上がってしまっている状態の池の跡を見つけた。

 

 

 

 

 

つい先日まで最後の水が残っていた、そんな名残がことさら憂いを帯びて見え、迷わずモノクロームで撮影した。

 

 

 

 

 

 

池の淵の方には、これまで水中を住処としていた数々の倒木の姿が露わになっていた。

緑を携えた地上で生きる木々よりも、白骨化した木々にえもいわれぬ生々しさを感じ、思わずゾクッとする。

極限ミニマリズムを見るような密やかさに、自ずと呼吸が薄くなりシャッターを押す指先は、選ぶような静かな動きとなった。

 

 

水面下にあるもの。

地中にあるもの。

 

 

自分の深淵にあるもの。

 

時に、意識を届けてみることも必要かもしれない。

 

 

 

 

2019.01.07

2019年始動!!

 

 

 

本日から新しい年が始動しました。

街や人々も日常を始めた、そんな気配を感じます。

 

本年もどうぞよろしくおつきあいくださいませ。

 

 

 

 

 

 

 

今年も、六ヶ所ほどで個展の予定です。

新作のアップや個展情報、などなどブログにて配信続けますので変わらぬご愛顧賜りますよう宜しくお願い申し上げます。

 

さて 。

今年は、昨年密かに始めたことをもすこし一歩進めて継続すること。

ときめきや心動かされることに、忠実に過ごしてゆくこと。

そして、感動は余るほど体験したい。

 

プライベート面では、そんな個人的な目標を掲げつつ、仕事面では、

いのちとこころをしっかり使って、また新しい作品に向き合う時間を楽しみたい。

そんな風に思っております。

 

 

画像は、昨年秋の紅葉盛りの時のもの。

なんとなく、おめでたい感があるので、今年初ブログに起用。

 

まっさらな2019年、エンジョイです!!

 

 

 

 

 

 

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