2019.01.20
宝石のカケラ
キッチンの棚を掃除していたら、手が当たり愛用の砂時計を落として割ってしまった。
見事に上半分が砕け、少しだけ飛び散った白い砂とガラスを片付けながらひとり呟いた。
覆水盆に帰らず。か。
初めて一人暮らしを始めた日の日曜の午後、掃除や洗濯を済ませて床に寝転がると、じっくりと自分の部屋を眺めて思った。
今、ここにあるものが私の持ち物の全てだ。
これらと通帳に入っているお金を合わせると文字どうり全財産ということか。
不思議な気持ちだった。とっても身軽な反面、1人だとこれっぽっちで生活ってできるものなのかという思い。
これから始まる。
好きなように始められるという気持ちで、少ない持ち物であることが、寝転がった視野の先に見える青空のように清々しく、さっぱりと心地よかった。
当時からインテリアには強い憧れがあった。
休みの度に家具屋さんやインテリア雑貨店を巡るのがとても楽しかった。
何も買えなくても楽しかった。
サラリーマンとして働き始めて最初のボーナスで、それまで何度も見て狙っていた、少し毛足の長いオフホワイトの小さなラグを思い切って買った。
一気に部屋が華やいで見えた。
花を一輪買いに行き、飾るともっと素敵に見えた。
翌日、嬉しくて一番仲のよかった同僚に話したら、見たい!見たい!となり休日に他の同僚達4人が集まってご飯会する事になった。
それぞれが一品ずつ持ち寄って、早めの夕方からのご飯会に全員が集まった。
まず乾杯をとワイングラスを持ち上げようとした寸前、同僚の男性がワイングラスを倒してしまい、オフホワイトのラグに赤ワインがドボドボこぼれて大騒ぎになった。
全員 わああああ!!! わ、あああー!
Y 染み込む!しみこむ!
N ごめーん!!
F 末野!タオルタオル!!早よ持ってきて!!!
S 濡らしたタオルがよかよね。
Y あーあっ、今、末野は、心の中で絶対泣きよるばい!
N ごめん。ほんと申し訳ない、末野、ごめん。
S よかよ、だいぶ分からんくなったやん。気にせんどき。
F よりによって赤!白やったらまだよかったちゅうに!
Y ほんとや、誰が赤やら買うて来たと?
N オレ。
Y それもあんたや!ほんなこつ!だいたい末野も白かラグやら買うけんたい!
S ごめん。赤にしときゃよかったあ。
全員 笑。
Y ま、覆水盆に帰らずたい!
懐かしい。
赤い染みのついたラグをみんなでわいわいとタオルで拭きながら、不思議と悲しくはなかったのを覚えている。
建築家ルコルビュジエの有名な言葉がある。
「おうちは、暮らしの宝石箱でならなければならない。」
とても好きな言葉だ。
どんな設えにするか、自分にあったものを時間をかけてイメージしながら、ピタッとくる出会いを待つ。
暮らしながら少しずつ手を加えてゆく。
年齢とともに暮らし方や興味の対象、環境も変化してゆく、それに合わせてインテリアは少しずつ育てるものだと思う。
あれから引越しを7回程している。
幼い頃からも引越しが多く、少ない家具の生活に慣れていたのもあるせいか、当時からずっと持っている家具はさすがにない。
でも、今の自分にとって心地よい空間になってきた。
おうちの中の宝石は、家具や持ち物だけを表しているのではなく当時のラグ騒動のシーンも含まれるように思う。
見事に半分に割れた砂時計をそのまま捨てるにはちょっと惜しくて、キズのある真珠で蓋を作って本棚に置き、眺めながら思った。
君は、我が家の宝石のカケラだね。