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2021.06.11

鹿児島個展のお知らせ!!

 

 

 

鹿児島個展のお知らせです!

 

 

 

 

 

2年ぶりの鹿児島個展。

 

末野美由紀シルバーアクセサリー展

 

6月25日(金) – 29日(火)

AM 11:00 – PM 7:00

最終日はPM6:00まで

 

インハウス久永 with living house 4階にて

鹿児島市東千石町16-17

鹿児島天文館アーケード内のインテリアショップです。

 

 

今回は、4階の広いスペースを使わせていただけることになりました。

なるべく密を避けるように、配置や動線スペースを考慮した展示を考えております。

期間中お時間取れそうな方、ぜひお運びいただけましたら幸いです。

沢山の新作を準備、ただい追い込みラストスパート中です。

 

マスク生活ももう少しは続くと思います。

今回は、顔から少し離れたポイントへのアプローチ。ということでリングは充実しているのではないかと思っております。

今年から注力していこうと思っております、よりパーソナルなアドバイスにフォーカスした個展にしようと思っております。

 

期間中は終日在場しております。

実は、このような個展は鹿児島だけです。

これを機会にぜひいろんなタイプのアクセサリーを試着していきながら、皆さまそれぞれの魅力を引き出せるようなアドバイスを交えて、一緒に楽しみましょう!!

 

鹿児島の皆様にはそろそろご案内届くと思います。

ご入用の方はお気軽にお知らせくださいませ。

 

 

 

 

 

 

2021.06.08

丘の上に住む人々

 

 

 

 

 

 

朝陽の綺麗な静かな朝だった。

 

アトリエに向かうため駐輪場からゆっくりと自転車を押しながら、いつものように後輪の空転する小気味良いラチェット音と共に気分よく歩いていた。

 

前方に左半身を杖で支えるようにして立っている白髪の女性が、下り坂の道の前方をじっと見つめている姿が見えた。

何を見ているのだろう。

なんとなく邪魔をしてはいけない気がして、いつもより時間をかけて自転車を押し進めた。

 

白髪の女性の先には、スーツ姿に身を包む若い女性の後ろ姿があった。

坂道を下る後ろ姿をずっと熱心に見つめている。

若い女性は下り坂を下り切って角を左に曲がる時、まるで白髪の女性が立っているのが見えているかのようにして、ちらりと坂の上を見上げて小さく手を上げた。

それを見ると白髪の女性はゆっくりと右手を杖から離し、手を少しだけ上げて合図をした。

「いってらっしゃい。」

小さな声が聞こえた。

 

おはようございます。

 

あら、おはようございます。

 

私の気配にやっと気づいた白髪の女性は、優しさに溢れた笑顔で何か私に言いたそうな素振りを残したまま、ゆっくりと一軒家の門の前の方へと歩いて行った。

 

生きてきた気品のようなものとしての軌跡ともいえる皺と白髪。

その笑顔は柔らかい朝の陽射しに映えてより一層光るように見えた。

自分は将来、こんな笑顔を他人に見せるような人間になれるのだろうか。

いつものように自転車で坂道を駆け下りながら、つい先程見た坂の上から見送っている白髪の女性の後ろ姿と笑顔が、心の中にいつもと違う静けさを与えた。

 

 

 

 

 

 

曇り空の朝。

 

今朝は、若いお母さんが坂の上から坂道の下の方を見ている。

若いお母さんは、短く手を振った。

しばらくするとまた手を振った。

近づくと坂道をランドセルを背負った小さな女の子が、ジグザグに歩きながら何度も振り返ってお母さんが立っている方角を見上げているのが見えた。

その度にお母さんは、にこにこしながら手を振る。

下り切った坂道の角を左に曲がる時、女の子は最後にもう一度お母さんを見上げて大きく手を振って走り出した。

お母さんも力一杯手を振っていた。

 

おはようございます。

 

あ、おはようございます。

 

口元に我が子への慈愛に満ちた笑顔の余韻が輝く素敵なお母さんだった。

 

誰かに後ろから見守ってもらっているという安心感は、人を信じるという心を育てるのかもしれない。

人が本来持っている優しさという温かさが湧き出るような気がした。

 

 

坂道の上に住む人々。

それは一見不便な生活のようだが、平地に住む人々とは少し違った時間の流れがあるように思う。

 

坂の上から見送る人と見送られる人が心の中で会話したこと。

ひとり坂道を下りる時、そよ風と共に歩き、会話したこと。

暮らしゆく中でそんなことをいつしか思い出すそんな趣きが積み重なって生きてゆくことは、とても素敵なことであるような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021.06.05

満足という豊かな循環

 

 

 

 

 

どんより天気や雨の続く湿気の多い季節、梅のさっぱりした酸味が恋しくなる。

そうそう。

昨年漬け込んでいたアルコールなしの梅ジュースが飲み頃になっているはずだ。

保存瓶陳列棚から下ろしてみることにした。

 

 

 

 

 

 

梅の果肉は取り出してコトコトと煮詰めて、少しだけ蜂蜜とブランデーを入れてみたところとってもいい感じのバランスになり、思わずにやり。

 

これは、カマンベールと相性よさそうだ。

もしくは。

白ワインのゼリーにソースジャムとして載せて、ベランダで培養中のミントの葉を飾り程度ではなくたっぷり盛り付けよう、さっぱりとした食後のデザートシメになりそう。

ならばこのデザートのためのメインは何がふさわしいか。

メニュー会議を始めてみた。

食べたい。作りたい。

頭の中の空が、一気に青空に変わったような気がした。

 

巷では、時短家事目的の便利調理器具があふれている。

便利な器具を使い時間を確保し、やるべきことやりたいことに集中するのもよかろう。

私自身はというとフリーランスの特権を活かして、なるべく行為自体の時間も含めて楽しもうと思うタイプなので、レンジも炊飯器も電気ケトル、トースターも全て処分した。

キッチンはびっくりするくらいすっきりなった。

キッチンのスペース以上に明らかに心の中の空間が広がったという感覚が衝撃的だった。

テレビのない生活は気がつけば10年に。

だからといって不自由さを感じた事はない。

 

自家製なるものを少しずつ増やしてゆくと味覚が冴えてくる。

正確には、区別がつきやすくなると言った方がよいだろう。

たまに気分を変えたくてできあいのものを購入することもある。

?ちょっと違う…何が違うのかなあ…

 

裏面の賞味期限の日付を見ながら、期限内に消費してしまう自信のなさが充満してくる、次に食品ロスの言葉がよぎる。

買ったその日にのうちに気分で買ってしまったことを後悔するという結末になる。

 

決して自家製が美味しいという自慢話しではなく、ただ食して自分の安心する味であり、満足感が得られるということだけ。

 

この満足感というものは、きっと時間をかけて作ったというところが大きいのではないかと思う。

満たされるには、手間と時間を惜しまないということが基本ではないだろうか。

 

それはあらゆることに通じているように思う。

 

簡単に手に入るものには、気持ちの置き所がなく簡単に捨ててしまいがちだ。

全ての時間には奥行きが内在している。

そこは、気持ちや心が寄り添う最適の場所だと思う。

誰かが誰かのために使った時間。

その時間を味わうことができる豊かさが人を真に満足させる最大の力。

満足という豊かさの循環が途切れない、そんな世の中であり続けて欲しい。

 

モノ作りの端くれがそんな願いを心に思ふ、水無月の今宵も曇り空。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021.05.28

It’s a small world !! Something great is anywhere.

 

 

 

 

 

以前住んでいた場所での暮らしは、親しくさせてもらっていた素敵なお花屋さんが近くにあったこともあり、切り花を飾るのが楽しみだった。

 

今住んでいるところは、ベランダも以前より広くなり部屋も少し広くなったので観葉植物の世話をしながら暮らしてみる!に挑戦することにした。

 

 

 

 

 

実は、若い頃から観葉植物をなかなか上手に育てることができず必ずといってよいほど枯らす人間なのだ。

大半が水のやり過ぎ。

もうずっとコンプレックスが先にたち、なかなか観葉植物に手が出せないでいた。

昨年、越してすぐにチャレンジしたのが苔玉のコウモリラン。

水やりのタイミングが非常に分かりやすいので、今では迫るほどに新芽がぐんぐんでてきて、当初よりかなり派手ななりのコウモリの姿になり、葉の先端が壁につかえながら天井から揺れています。

それから少しずつ初心者向けの観葉植物を増やして、どの植物も元気に暮らしている。

もう、私の中ではかなりの進歩!

 

そうなるとちょっと欲が出てきまして、10日ほど前にリビングのシェルフの中のために小さな観葉植物が仲間入りした。

ショップで目が合った小さなソテツ。

ソテツは鹿児島の小学校の職員室の近くの校庭に立派なものがたくさんあり、当時住んでいた家の庭にもあった、親しみがある上に懐かしさが込み上げてきた。

子供の頃、ソテツの葉でカゴを編んで遊んでいた。

今は全く編めない自信がありますが。

ソテツには赤い実がなり、その実にお猿の顔を描いた民芸品が売っていたのをふと思い出した。

父の仕事の関係で転校することになり町を離れる日、仲の良かったクラスの子たちが港までお見送りに来てくれて贈り物をもらった。

動き出した旅客船の中で箱を開けるとソテツのお猿たちが何匹か入っていた。

 

そのあと何回も引っ越しを重ねて、あのお猿たちどこに行っちゃったんだろう。

ごめんね。みんな。

そんな懐かしさとノスタルジーが充満してきて、ミニソテツはぜひとも我が家へ。と、連れて参りました。

 

隣にいるのはブラジルに自生するというミカド。

こちらはすっと伸びた茎の先端にドライフラワーのような小さな小さな花が咲いている。

ちょっと他の植物とは佇まいが粋でサマになるシルエットに一目惚れ。

 

 

 

 

ツツジ科のカルーナ。

北ヨーロッパに生息するらしい。

じっと眺めていると小さな森のようで、もしや小人が住んでいるのでは?とちょっとわくわくする。

 

 

 

 

 

多肉植物セダムのチョコレートボール。

もうしばらくするとシックな銅色の葉から、落ち着いた黄色の花が下がるようにして咲くようだ。

深い秋のような色調と下がるようにして咲く姿が早く見たいと、背の高いフラワーべースに鉢ごと乗せました。

どうぞ心置きなく咲き進んで欲しいものです。

 

 

 

 

 

どれもシェルフの中に収まる小さな観葉植物。

切り花とは違う小さな世界がとても愛らしい。

本当は、盆栽に興味があるのだがまずは観葉植物ときちんとお付き合いができるようになってからということで、ただいまベランダのグリーンと家の中の観葉植物たちと共存生活開始です。

 

朝、目が覚めるとまずは窓を開けて、ベランダのグリーンたちの様子を伺い必要そうならば水をやる。

家の中の観葉植物は、天気の良い日にはベランダに出して日光浴させたままアトリエに出勤。

アトリエから戻ると、ベランダでグリーンたちの様子を見ながらしあわせなお茶タイム。

 

少しずつ様子が変化してゆくのです。

どうぞ、長生きしてください。

と、話しかけている日々。

そして、

偉大なる何かは、すぐそばに常に在る。

植物を見ていると、そう確信するのである。

 

 

 

 

2021.05.20

45.71キロのライド

 

 

 

 

 

我が街福岡には自転車人口がかなり多い。

料理を運んでいる自転車の普及率もどうやら他県に比較しても半端ない多さのようだ。

 

一昨年から自転車に乗り始めて知ったのだが、福岡にはサイクリストにとって魅力的なコースがかなり多くあるようだ。

 

少し山や海へ向かおうとすると、あちこちでほんもののサイクリストを必ずといってよいほど見かける。

かなりの走り込みを証明する肉体で、車でも息切れしそうな信じられないヒルクライムをリズム良く走る長距離ライダーたち。

いつもそんなサイクリストに颯爽と追い抜かれながら、私なりのサイクリングを楽しんでいる。

 

梅雨の晴れ間。

一昨年から気になっていた宗像〜直方サイクリングコースを走ってみた。

 

 

 

 

スタートは、むなかた道の駅。

古賀からやってきてちょうど休憩をしていたサイクリストに道を尋ねたところ、

「ご一緒しましょう。案内しますよ。」と快くリードをつとめてくれました。

 

山もそうなのだが、サイクリストたちも見知らぬ人間にとても親切で気持ちの良い方々が非常に多い。

反対車線を走っている同じサイクリストには、道路を挟み間を走り交う車を越えて視線を送り必ず会釈をしてくださる。

こちらがヒルクライムで必死で漕いでいる時には、その会釈が「頑張って!」というエールようで勇気づけられるものである。

通常街中で自転車に乗っている人々とはそんなやりとりはないが、サイクルジャージに身を包んだサイクリストたちが多いコースを走っていると、ほとんどの方が相手へのマナー、道路上でのマナーの元でサイクリングを楽しんでいるのだと感じ、見倣うことがたくさんあるのです。

 

どんなシーンでも、挨拶は重要だと思う。

どんなに優れた方でも挨拶がまともにできないことほど、相手に対してがっかりすることはない。

 

 

 

 

 

道の駅でお弁当を買ってザックに詰め込み走り出し、しばらくすると両脇が松林に囲まれた道に入った。

松林の間からまるで南国のような青い海がちらちらと見える。

大きく背の高い松林の傘の下を走っているような気分で、松林ロードはしばらく続く。

少し冷たい朝の風が最高に気持ち良い。

朝に見る玄界灘はこんなに海が綺麗なんだ。まるで沖縄だ。

何度もそう思った。

 

 

 

そして、いよいよ車やバイクでは乗り入れできない歩行者と自転車の専用道路、海沿い遠賀宗像サイクリングロードを走る。

視界を遮るものがない、本当の海沿い。

 

 

 

全く知らなかった!

こんなに整備されたサイクリングロードがあったなんて。

しかも、かなりの距離。

車を使う方は知り得ない景色が延々と続きます。

春には菜の花、初夏にはハマユウが咲き乱れ、秋にはコスモス街道になり、夕刻には茜色に染まる空と海を眺めながらまさに夕陽に向かって走る。

感激の連続で、ほとんど写真を撮るのも忘れてしまっていた。

 

リードしてくださったサイクリストの話によると、東京から福岡に出張で来られるサイクリストは、仕事を終えた後必ず1日休暇をくっつけてこのコースを走って帰るというケースが多いらしい。

 

納得。

むしろ走らなければ損である、としか言いようがない。

 

 

 

 

 

 

全く休憩なしで一気に芦屋海浜公園に着くと、ちょうどお昼。

リードをしてくださったサイクリストの方は、そこでばったり出会った知り合いサイクリストと今度は別なコースをライドすることになったようでそのままお別れすることになった。

 

「この辺のコースはよくウロウロしてるから、また声かけてくださいね。」

と、礼儀正しく笑顔で身軽に去っていった。

彼らのレベルは半端なくて、200キロくらいは平気で移動するらしい。

どこの世界も凄いレベルの方々がたっくさんいる。

 

 

ベンチに座り海を眺めながらお弁当を広げる。

お弁当の後は、素足で砂浜を歩いて海に足をつけてしばしクールダウン。

青い空の下の解放感。

思わず両手を広げて空を仰ぐ。

 

すっきりして靴も履きやすくなったのち、今度は遠賀川沿いを走る。

こちらも歩行者と自転車専用道路。

 

 

 

 

 

 

本来の目的地は直方駅まで往復80キロ程の予定だったが、車を駐車している場所の閉鎖時間の関係で遠賀川途中にて、コーヒータイムをとって折り返すことにした。

 

自転車は山とは違い、帰りが案外しんどい。

行きよりも時間がかかりがち。

体力配分がまだ掴めないからであろう。

 

しかし、あんなに素晴らしいコースがあったなんて驚きの連続だった。

とにかく走りやすい!

 

 

自分の足で探す景色は、発見した時の喜びを倍以上にしてくれるものです。

 

私たちの足は、それらを探すためにあるのだ。

そして、それらを味わうためにたまには立ち止まることも忘れてはいけない。

 

梅雨の晴れ間の45.71キロ記録更新ライドとなりました。