2019.06.24
静けさの中で
新緑が煌めき清潔な風が吹き渡る朝。
午前8時20分。
前方をゆく女性は、長い長い石作りの階段をゆったりとしたリズムで登っていた。
奉幣殿の鳥居の下まで登りきると一度立ち止まり、呼吸を整え背筋を伸ばし、一礼をするとひとり静けさの中に消えていった。
日本三大修験の霊場として栄えた通称、彦山権現、英彦山神宮。
福岡県と大分県にまたがる英彦山は、北岳、中岳、南岳に分かれていて、英彦山神宮は中岳の頂きに、そして中腹に上津宮、その下に中津宮、下津宮、その更に下に奉幣殿がある。
奉幣殿を通過し、登山道に入るとほどなく法螺貝の音が山に響き渡ってきた。
音のするあたりを見回す。
朝の光が木々や岩肌に反射し、光の柱を作る。
響き渡る音が、見るものに神々しさを与える。
法螺貝の音の隙間をぬうようにしてカッコーの声。
生まれたての空気に包まれ、心のざわつきが煙のように消えてゆく。
登山者に人気のある山は、なるほどそこに身をおけば納得するものだ。
他人の説明やレビューの情報は重要ではない。
街中で暮らす人間にしてみれば、存在すら記憶の底になってしまっている音や景色が数多ある。
それらを直接的に感じることで奥底に押し込まれた記憶が溶かされ、身体中の細胞に染み渡る。
こんな体験をどの山でも味わう。
歴史大河ドラマでしか聞いたことのなかった法螺貝の音。
修験道の法具のひとつ、法螺貝の吹き方には8種類ほどあるらしく、説法であったり、問答、集合、など吹き分けできるようになるには相当な時間がかかるのだとか。
そこにあるべく音。
標高1000メートル超える中岳の頂に辿り着くと、英彦山神宮のあまりの立派さに驚いてしまった。
想像以上だった。
まだまだ驚くべきことや知らないことが多くあるのだと、改めて己の無知さ見識の乏しさを知るのであった。
年齢とともに、記憶の底にぺしゃんこになってしまいそうなものが随分と溜まってきている。
新しいもののアップロードと奥底にこびりついているもの。
心の棚卸しの時間をもつべきと思った。
心の前に立ち、
呼吸を整え背筋をのばし、
一礼し鳥居をくぐるようにして、
静けさとともに心の中へ。