2017.04.29
もうひとりの私
しっとりとした絹の温もりが微かな音と共に、全身を滑りおちてゆく。
うっとりするような心地が身を包む。
試着室を出た。
お店で借りたヒールを履いて、全身鏡に映ったもうひとりの私を見る。
ハンガーに吊られているのを見た瞬間、なんて美しいワンピースなんだろう、そう思ったので試着させて貰ったのだ。
品のいい絶妙な丈、女性の肌が見える部分が巧みに計算されたいやらしさのないカット、素材は全て絹。
袖、カフ、身ごろ、黒い絹の3種類の違った質感を最大限に生かした部位に使用し、シンプルでありながら粋さも兼ね備えた、気品あるデザイン。
素材を知り尽くし、且つ縫製技術が長けていないと完成されないだろう。
絹はあるがままの体の線をダイレクトに出してしまうという、女性にとっては(少なくとも私は)あまり嬉しくないデメリットに関しても、きっちり対応してあった。
エレガントとはこういう服をいうのだろう。
こんな服を着ると、自分が全く別な人間に生まれ変わったような気持ちになる。
そのワンピースは、GIVENCHYだった。
こんな気持ちになれる服が存在することがとても嬉しかった。
有難いことにサイズが自分には適切でなかったので、試着室で安堵した。
ファッション史の記事で読んだことがあった。
GIVENCHYの服は、分解すると世界中のパターンナーがその美しさにため息をこぼす・・・と。
誰かの身を包むことが前提の服だが、飾られている時から人の気持ちを引きつけ、着ることで女性に魔法をかける、まさにドレスだ。
そして更には分解するとプロ達を唸らせる。
素晴らしい、非の打ちどころのない仕事。
この一枚の服に携わった方々はいったいどんな人達なのだろう。
創り出すことは、ロマンと情熱に満ちている。
そして、それらはそれを見た人に必ずや伝播する。
そのことを含めて体感できるということは、店舗に出かけることでしか味わえない。
デザイナーや職人達は常に、顔の見えない私たちにもうひとつの言語で語りかけている。
家路につく途中、
まるでそのドレスワンピースを手に入れたような満足感がひたひたとこみあげてきた。
女性に生まれてよかった。