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2016.04.04 /

 

 

濃密な3月が終わり、瞬く間に4月になった。

桜の花びらが散り、やわらかな緑へと衣替えをしている。

アスファルトの脇にはこの時期だけできる桃色の細い道があちこちにある。

 

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今週で佐賀展の準備も大詰めだ。

毎回、ほぼ売り切ってしまう、REIHOKUシリーズ。

石ころの同じ色と形がふたつとないことが、皆さんにとっても魅力のようだ。

佐賀展のために準備したものは、ピンク紫のパールとグレーパールを使ったシックなコンビネーションにまとめました。

 

 

以前、オーストラリアシドニーの郊外で活動をされていた、帽子の造形作家の方が来日された折に、私も仕事があったので東京でお会いすることになった。ご自身のユニークでアートな帽子だけでも麻布の待ち合わせでひときわ目立っていたが、ワンピースに個性的な形状のペンダントをされていたのにも私の視線は釘付けだった。

 

聞けば日課となっているビーチでの散歩中に、とても面白い形で美しい大きな貝殻の一部を拾ったらしい。

長い時間をかけて波の力で角が研磨されて、生まれたシルエット。

眺めてはしまい、取り出してはしまいを繰り返していたが、ずっと身につけていたいと思い立ち、友人の彫金作家に少しだけ施しをしてもらいペンダントにしたものだと話してくれた。

 

貴石や半貴石もよいが、自分もそういうものに魅力を感じ、人間が生み出すことのできない時間の圧力でできる自然美の力を借りた作品を作りたいという話でしばし盛り上がった。

 

帰国後作家さんから国際便で小包が届いた。

 

あなたがきっと喜びそうなものを森で見つけたから贈るわ。

 

短い手紙が添えられていた。

 

開けると、見たこともない大きな木の実だった。

まるでなめした革のように艶があり、形も愛嬌のあるおまんじゅうのような形だった。

ひとつひとつ形が違うバンヤナッツという木の実だということだった。

 

その木の実をベースにして紐スタイルのざっくりしたペンダントに仕立て、お礼にまたオーストラリアへと送りかえした。

そのペンダントをつけて出かけると現地の友人たちや、ショップを営んでる方々が、それがいつも季節になると落ちている見慣れたバンヤナッツのペンダントだと分かると、欲しいという声があがったらしい。

でも、やんわりとかわす返事に留めておいたといういきさつのメールしてくださった。

 

大量生産をしていない我々のような仕事は、安定して供給できないことが大きなビジネスになり得ない最大の難である一方、それこそが最大の武器であり付加価値にもなり得る。

 

資材の安定調達。確保ができてこそのビジネスだ。

ビジネスと制作活動は違う。

長年のキャリアのある作家さんの冷静で賢明な心使いが、内心有難かった。それでも、言語の違う方々が反応してくださったことは、とても嬉しかった。

 

そんなわけで過去にも木の実を使ったシリーズ、木を使ったシリーズ、などを売り切りで展開したことがあった。

 

このREIHOKUシリーズも売り切りの展開の自然美の力を借りたアクセサリーのひとつである。

 

自分の中でそんな素材との出会いがあった時にだけ出現する。

それをご理解頂き、お買い上げいただく方々に直接会ってお話できることが、ただただ嬉しいのです。

 

佐賀展でもお会いできたら幸せです!

 

石ころたちも、きっと幸せだと思うな。

 

 

 

 

 

 

 

2016.03.29 /

 

 

ブレスレットの季節がやってきた。

 

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私は、一年中着まわせるカーディガンが好きだ。

袖丈が七分丈のものは、とても便利で色違いで何着か持っている。

正確に言うと、好きというよりは憧れ続けているのかもしれない。

 

 

若い頃、ホテルのロビーを待ち合わせ場所によく選択していた。

ホテルのロビーという空間が持っている独特の空気感が好きだったというのもあるが、自宅にはおけそうにもないゆったりとした素敵な椅子が何脚もあり、照明も落ち着いた明るさで、何より素敵な装いに身を包んだ見知らぬ人々を眺めていると退屈しなかったからだ。

あれはどこのホテルだっただろうか、体に合った品のいいシンプルなラインのワンピースに、糸の細い上質な生成り色のカーディガンをはおった女性が、宿泊者専用のエレベーターからロビーへとゆっくりと歩いて来られた。

特別な色を着ていたわけではなかったのだが、私にとって女性はロビーでひときわ目立っていた。

私の斜め前に女性が腰かけると、ふわっと素敵な香りがした。

 

女性はしばらくするとカーディガンの袖口を少しめくり腕時計の針を確認すると、バッグの中から本を取り出し、しおりの挟まったページをさっと開きさらさらと文字を追い始めた。

 

まだケータイ電話も普及していない時代だった。

 

待ち合わせの時間を過ぎたのだろうか。

 

ページをめくるたびに袖口からこぼれ出てくるブレスレットが素敵だった。

どんな人と待ち合わせしているのだろう。

 

誰も知り合いのいない空間で、誰かを静かに待つ仕草は、雑誌を切り抜いたかのように見えた。

 

素敵な大人の女性だった。

 

カーディガンなんて、つまらない。そう思っていたが、カーディガンの似合うあんな女性になりたい。

女性を盗み見ながら、強くそう思った。

 

 

オーソドックスな装いは、自分の素がそのまま表れるので、とてもこわい装いでもある。

自分をごまかせない。

 

人間はある程度の年齢になると、心の中や頭の中、日常が顔つきや雰囲気ににじみ出てしまう。

40過ぎたら、自分の顔に責任を持て。

そんな言葉がある。

 

当時はよく意味が分からなかったが、今はよく理解できる。

 

 

ごまかしの効かない年齢。

ここからが、ファッションを真に楽しむことができるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

2016.03.20 /

卵という時間

 

 

11年前の今日、福岡で大きな地震があった。

すっかり忘れていたが、記事を目にして思い起こし当時の自分を取り巻く環境を含め巻き戻してみた。

 

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あの頃、私は週末だけのお店をやっていた。

3坪の小さなスペースで、テラコッタ色の珪藻土を壁一面に友人と塗り、衝立や展示パネルも手作りで、コストをかけずにできる範囲でメリハリつけた設備投資で店作りをした。

目指すイメージは、ヨーロッパの街はずれにある小さなアクセサリーショップだった。

ちっちゃなちっちゃなお店だったが、とても愛着があった。

今でも当時のお店に足を運んで下さったお客様方が、懐かしんでくださって話題にして下さる。

 

うるうる。

 

そもそも私がその週末だけのお店を始めたのは、当時から親しくさせて頂いていたキャンドルの作家さんの一言だった。

既に週末ショップを始めて成功していたキャンドルの作家さんと、ニューヨークを訪れ7番街を歩きながら、自分もいつか週末ショップを始めたいと、胸の内の思いを語った。

マンハッタンの交差点で信号待ちのために立ち止まると、キャンドルの作家さんから返ってきた言葉がこうだった。

 

「いつかじゃなくて、もう、できると思うよ。」

 

予測しなかった言葉に、今居るニューヨークという街にふさわしい、可能性とチャレンジが体中にパンパンに充満した。

初めて目を開くということを教えて貰い、瞳の中にどんどん光が入ってくるそんな高揚感だった。

帰国してすぐに知り合いの不動産屋さんに話してみると、すぐに好条件の物件が見つかり、3ヶ月後には店をオープンさせることができた。

自分がやるべきことの道しるべは、ほんのすこしの勇気と行動という最後の条件が揃った途端、まるで巻かれていたカーペットが解かれるようにしてスルスルっと目の前に敷かれるものだ。

あとはその上を背筋を伸ばして歩くだけだ。

 

振り返れば、よく見える。

あの頃の私は、卵だった。

 

常に目指す先輩たちや憧れがあるから、成長への一歩を踏み出せる。

 

 

あの頃の私は、卵だった。

10年後の私が、微笑みながら今の私に言う。

そんな10年にしたいと思う。

 

卵ペンダント。

 

 

 

2016.03.13 /

プリンスチョーカー

 

 

 

 

前回アップのプリンセスチョーカーの対の作品。

プリンスチョーカー。

 

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若い頃、漠然と男に生まれてみたかったなんて思ったりしていた。

私服通勤だったため、着たいと思う服と通勤する服を天秤にかけるとオーソドックスなチョイスをしなければならない。出勤前の日々の身支度、クローゼットの前でしきりに思っていた。

 

女のスーツは、どうあがいても男のスーツに敵わない。

ネクタイのせいかな、シャツかな、そもそも女性の胸元の膨らみが、スーツに不適切だ。

 

そんなつまらない理由もひとつだった。

 

今では、歴然と女でよかったと断言できる。

女性には世の中が提案してくれる特典が多い。

レディースランチには、コーヒー、デザート付き。

レディースデーで映画割引。

レディースパックで、お宿割引。

女性専用車両。

 

女子の宣伝力。

本音は商売がしやすいと言ったところだろう。

 

と、こんなことを言ってしまう私は、どこか男子っぽい。かも。

 

プリンスチョーカー。

鎖骨の上にすっと沿うラインで左右の鎖骨が出会う窪みにすっぽりとパールが収まり、とっても首元を綺麗に見せてくれます。

これは、自分仕様も作る予定。

 

鹿児島展でお買い上げ頂いたお客様は、春色ワンピースをお召しになられた巻き髪で色っぽいプリンセスみたいな女性でしたが、ばっちりお似合いでした。

ネーミングには関係ないのです!

 

 

 

 

 

2016.02.28 /

プリンス&プリンセス

 

 

今年から少しずつ、時間をかけた作品を紹介していこうと思っている。長いお付き合いのクライアントの方にも、いろんな意味でご協力を得ながらの長期的な取り組みをしてみたいと、勇気を出してお話してみた。

 

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もう三年ほどくすぶっていた。

ご理解ある方々の応援のうえに了解いただいた。

信頼してくださったことへの感謝のひとことに尽きる。

気持ちが少し軽くなった。

と、同時に心地よい前向きな責任を感じた。

口に出すということは、最低でも実行しなければならない。今の自分から前に進むためには、まず今の自分を知ることが必須。

 

時代の変移というものをあらゆる分野で感じ取るような年齢になってきた。その変遷のなかで、自分自身が切り替えられる範疇のものは、受け入れ変化するよう努める。それでもどうしても苦手なことや受け入れられず、違和感を強烈に感じるものがある。その部分とどう向き合うか。

このことを何度も突き付けられてきた。

昨今の経済ニュースでも周知だが、同じやり方で半永久的に繁栄し続けることは、なかなかに難しいスピードの時代だ。なにしろ商品価値に加えて価値観そのものが大きくシフトしてきている時代の渦中にある。しかし、こんな時であるからこそ各々が変えてはならない自分なりの信念や精神美学のようなものを、強くもつべきではないかと思う。

自力で立つことができなくなっても、助けを得られる規模やステイタスのあるものは内情は別として形としては幸運だ。

では、自分のようなものが窮地に立たされたとき、果たしてどうなのか。

朽ちない精神美学を自分の中に持つとき、最も幸運を感じるのではないだろうか。

何かを得るために何かを捨てなければならないという考え方ではなく、何かを決意選択することで、バランスをかじ取りし、自分自身の中にスペースを得る。

 

そんな考え方が自分らしいように思えてきた。

働くことの目的意識。これは、時間の経過とともに案外ないがしろにされがちだ。

 

少し、立ち止まって自分の今を探ろうと思っているところだ。

 

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まずは、今の自分。ここからスタートだ。

という一作目となった、プリンセスチョーカー。

下がりパール取り外せますのよね。

 

なんだか個人的な固い話になってしまいました。

 

対の作品、プリンスチョーカーを次回ご紹介したいと思います!