2020.10.27
ピアスめしべ。
今年、自粛期間に始めたことのひとつに、刺繍がある。
もともとは日本刺繍をやってみたかったのだが、糸の細さ、道具、などなど考慮すると手軽に始められない気がして断念し、いわゆる刺繍、を始めることにしたのです。
やり始めると刺繍の世界は図案が重要という事に気づき、最初はいくつか本を見て刺してましたが、不格好でもよいから自分の図案で刺そう、と思い立ち、道端やご近所の庭先の花や、山で見る珍しい草花を図案化して刺すことにして、自転車や徒歩で散策を始めた。
そうやって花というものを歩きながら改めてじっくり見てみると、なるほどめしべの部分でずいぶん花のイメージは変わるものだなあと、しみじみ。
花が喋り出すのではないかというくらい見つめてしまった。
同じように見える花も、やっぱり人間社会と同じでひとつひとつ違う顔をしている。
そうよね。
同じように見ているのは、見る側の心がそう見ているだけのこと。
違っていて当たり前なのです。
同じもの。というのは、人間が作り出した工業生産物であり、食物にしても同じものはないわけであり。
違って当たり前を、どう受け止めるか、どう取り入れるか、どう表現するか、それがクリエイターの作業のひとつであり、価値であるのかもしれない。
そんなことを思った。
ピアスめしべ。
花が盛りの時にはめしべを引き込み、花が散ったらめしべは前にたらりと落ちて。
そんな遊びを楽しめるピアスです。
髪を耳にかけた耳たぶのピアスは、花が盛りの時の表情にするか、
花が散った後の表情にするか。
日々、楽しんでください!
今日と明日という1日も違う日になるから。