2023.11.18
芸術は愛なり
若い頃から音楽を聴くのは好きで、CDを少しずつ買い集めてきた。
しかし、CD自体の存在が薄くなりミニコンポもしばしばデッキが壊れて買い替えているうちに市場から明らかに減っていった。
時代の変化に添わざるを得ないと思い、好みの音質のスマートスピーカーに切り替え手持ちのCDをせっせと取り込み、且つサブスクで新しいアーティストを発見しつつダウンロードして楽しむというスタイルをしばらく続けていた。
しかし、実は何度となく思う不思議なことがある。
ああ、音楽を聴きたいな。
さっきからずっと音楽を流しているのにそんなことを思ったことがあった。
なんでこんな矛盾したことを思ったのか?
選曲し直して聴いてみる。
何かが違う。
気になり始めた小さな違和感。
ずっと引っかかっていた生活の中の音楽。
先月、現在のオーディオがどうなっているのか思い切って専門店を尋ねてみた。
これまでミニコンポしか持ったことのない輩でしたが、アンプとプレイヤー、ケーブルとの関係、専門店のスタッフの方の話はとても興味深く、日本メーカーの技術の世界における立ち位置や世界の音源の移り変わり、音の表現という個性こだわり。
素人の私に親切丁寧に分かりやすい説明をしてくださった話は、どれもこれも面白く刺激的だった。
音楽の話を聞いているのに、全く違う側面の世界の動きのちらっとした気付きがあったりするので、これがまた楽しい。
どの業界にも言えることだが、ひとたび足を踏み入れると本当に奥が深い。
新しい世界は無知な自分には、常に驚きとわくわくを与えてくれる。
スタッフの方が私の好きなジャンルのCDをピックアップして再生してくれた。
曲が始まった途端、
泣きそうになった。
ボーカルは正面からしか聞こえない。
楽器の配置が見えるようだった。
音は環境でこんなに違うものかと心底驚いた。
だから、オーディオにハマる人々がいるのか。
これは大変だ!
もう、こんな音を聴いてしまったからには。
で、比較して聴いてみたいスピーカーを2つに絞り取り寄せて貰うことにしてその日は一旦帰宅した。
その間、オーディオに詳しい知人にアドバイスを貰い、自分なりに下勉強をした上で、いつも聞いているCDを自宅で聴く環境と近い条件で試聴させてもらうために再び専門店を訪れた。
そうやって一目惚れならぬ、ひと聴き惚れで今月初めに我が家に設置されたオーディオ環境。
聞き飽きたはずのCDがまるで初めて聴く音楽なのだ。
え!この曲、ハーモニカがバックに入ってたの?
これ、ジャズバーでの録音だったのか!
聞こえてなかった音がいくつもいくつも聴こえる。
ちゃんと聴いてなかったのか、いや、聴こえてなかった。
毎日、仕事が終わると今日はどれを聴こうかと考えながら今までより早く自転車のペダルを漕ぐ。
ヨガが終わると早歩きで帰宅。
オペラを聴くと衣装を着て正面に立っているテノール歌手が見える劇場に座っている、映画のサントラを聴くとスクリーンの中に引き込まれ主人公になる、フラメンコギターを聴くとタブラオでステップを踏むダンサーと共にグラナダに居るし、オーケストラを聴けば私はタキシードを着て指揮棒を振っている、もう世界中を駆け巡り変身する気分。
ああ、今、音楽を全身で聴いている。
音楽って素晴らしい。
この世に芸術が存在すること、そしてそれを味わえることが心を深く耕してくれて満たされる気持ちになる。
生活がガラリと変わり、時間が立ち上がってくる。
芸術にはやはり世界を救う力があり佳きことと心をひとつにする力がある。
そう思えてならない。
芸術は愛なり。
この世の全ての愛の力がはたらき、争いごとが治ることを信じ願うばかりである。