2025.09.07
言葉集め
本や映画、誰かとの会話の中で出会う揺さぶられる言葉たち。
それらを集めて書き写している手帳がある。

思えば、これは癖のようなもので中学生の頃からやっているように思う。
走り書きできるノートに一旦書いて、溜まってきたら手帳に清書する。
そして、ついでに読み返す。
家族で一番字が下手というコンプレックスを持つ私は、家族で一番字が上手い父に、いつかピックアップした言葉たちを墨文字でピシッと書いてもらおう。
そんなことを漠然と考え続けていた。
数年前に父が入院することがあり、幸いにして後遺症もなく今も元気に過ごしているのだが、そろそろお願いしなければ…と手帳を段ボールに詰めて鹿児島へ越してきて一年が経った。
念願だった床の間のある暮らしは想像していたより気に入っている。
床の間の天井に仕込んだ高演色のダウンライトに照らされた花や絵を、ぼんやり眺めるだけでも心の中に独特の静寂が広がってゆく。
字を頼むとなると、掛け軸か。
茶道も華道も馴染みがなく、掛け軸と自分の暮らしはどうにもバランスが取れない違和感のようなものを感じていて、あまり積極的に探していなかった。

そうだ!
短冊ならば、父にも気負わずにたくさん書いてもらえる。
おまけにどんどん好きな言葉を気軽に差し替えられる。
ようやく本腰入れて探し始めたが、短冊のサイズの掛け軸はあるがなかなかしっくりくるものがない。
今年の春、全く別な探し物の折、偶然、京都のギャラリーで見つけることができた。
神代楡と好きなウエンジの木を使い、源氏香の組香図より花散里の意匠という。
これですね!内側からの声が聞こえた。
若い頃、調香師の方の本を読み、香道に組香という遊びがありその組香図が実際に京都の老舗お香のお店で見れると知り、出張の際に時間をとって見に行ったことがあった。
加えて、
木には希少な埋もれ木というものがあるということを知ったのも、ちょうど同じ頃で、この仕事を始めた駆け出しの頃だった。
初めて大きなイベントに出展した時にお隣のブースに出展されていた神奈川県の木工作家の方が、神代杉を使って作品を作られていて、長い間土の中で化石化されて埋もれていた木の時空を思うと、そこはかとない浪漫をひっそりと感じたものだった。
そして、昨年、山口県の個展に毎回来てくださるお客様が、神代杉の茶托をよかったらディスプレイにと下さった。
おそらく神代杉を見たことがないだろうと思われていたようで、私が口にした埋もれ木の言葉を耳にされた途端、お客様も嬉々とされ一気に話が盛り上がった。

そんな時間を超えたいろいろが繋がり、一気に惹かれた短冊掛け。
字も書いて貰いようやく身辺も落ち着き、掛ける場所も本日決定した。
差し替え候補の言葉たちを父が元気なうちに沢山書いてもらおうと、読書しながら、せっせと言葉集めをしているのです。
日本語にはとても美しい言葉があり、文字そのものも文句なしに美しい。
特にひらがなは絶妙だ。
言い回しの美しい言葉や、音の綺麗な言葉、五感にダイレクトに届く言葉。
現実的には言葉はある程度の数さえ知っていれば生活はしてゆける。
けれども、使う言葉が変わるとそこに清涼な空気を漂わせることができる。
それは、ひとつの技術といえるのではないだろうか。
とはいえその逆もあるわけで、出てしまった言葉が相手の奥深くに一旦届いてしまうと取り消せない、とかく扱いが難しいのが言葉の正体でもある。
なるべくならば出会った良き言葉たちを使うことで、心身共に新鮮な空気に包まれたいと思う。
言葉が埋もれてしまわないように。
埋もれ木を素材に選んだこの短冊掛けを作った木工作家のメッセージが、そこに濃縮されているような気がしてならない。

