2017.09.16
茜で染められた四角形のラグ
6年前の8月31日。
その日はとても印象深い1日だった。
一目惚れで購入したラグが、ちょうど仕事が終わったのを見計らったかのようにして届いた。
前日、断ち切れない自分の過去の負の気持ちに、ようやく終止符を打てることがあった。
人が見ている現実と自分が見る現実は、異なる。
正確には、自分が見たいように見ている現実と言えば良いだろうか。
現実は、ただの事柄であり、真実は感情や時間、言葉、行動掛けることのそれにかかわる人の数の層、諸々雑多が複雑に絡み合い、所在ありげで無さげ。
いつだって正体不明だ。
でも、今回は、はっきりと真実を確保した。
この真実は、もう姿を変えたりしない。
まるで素手で捕まえたかのような真実を前にすると、それまでの自分が他人を演じていた役者のようにさえ思え滑稽だった。
あぁ、やっぱりこのラグ、正解だった。
そういえばあまりの決断の早さに知り合いの店主は驚いていたなあ。
届いたばかりのラグの中央に寝転んでまぶたを閉じた。
出窓の小さな窓からさわさわと入り込んできた乾いた風が、鼻先に止まり、体全体を包み込みどこかにずっと閉じ込められていて、潜り込んでいた私をすうーっと引っ張り出してくれるような心地だった。
そのことに抵抗をしない自分。
うわ、何?
この感覚。
ああ、心が解き放たれるとはこんな感覚なのかあ。
今まで経験したことのない気持ちだった。
なんて心地よいんだ。肌触りとか匂いとかそんな五感を超えたここちよさ。
このラグは、なんだか不思議だ。
これをエネルギーというのかな。
押し付けがましくない寄り添うような優しいエネルギーと言えばよいのか。
それから、折にふれ、力が弱ってしまっていると感じる時には、このラグの中央の正方形の図柄の上に寝転がって目を閉じる。
そんな風に過ごすようになった。
やっぱり、不思議だ。
このラグ。
中東の女性がデザインや色、全て任されて織ったものを、直接仕入れたものだと店主から聞いていた。
モチーフに意味がある具象的デザインがほとんどなのだが、私が求めたものは正方形のラグで、大きな正方形の中央にもうひとつ正方形が入っている珍しくシンプルなものだ。
店主が積み上げられて山のようになっているラグをいくつも回遊し、まるで絵本をめくるかのようにして何十枚、いや100枚近く見せてくれただろうか。
このラグの山を見て気にいるものがなければ、今日は止めておこう。
あと数枚くらいで床にたどり着くなと思った途端、突如現れたこのラグは、一瞬にして私の心を掴んだ。
そうやって我が家にやってきたラグ。
後に知ったのだが、正方形のモチーフにもちゃんと意味があるという。
窓。未来。幸福。願い。安定した豊かさ…
次に店主に会った時に聞いてみた。
買われたお客さんからよく似たような話、聞きますよ。
エネルギーはあると思いますよ。
だってあれ、手仕事ですよ。
機械じゃないんですよ。
僕は、そう思っていつも現地で一枚一枚セレクトして仕入れてます。
秋の始まりの風を捉えたあの日の夕刻もこんな太陽だった。
見知らぬ家と家の間に、すっぽり埋まったまま沈む太陽を、出張先でカメラにおさめながら思った。
早くおうちに帰りたい。
茜で染められた四角形のラグのあるあの部屋に。