2025.07.02
手仕事への敬意
手を動かすことで生計を立てる身となってからというもの、違う素材のあらゆる作家の手仕事となる作品を積極的に見るように心がけている。
そして、心動かす作品は我が家になるべく連れて帰り、常に目に触れる暮らしをすることで、自身の制作活動において学びを得ることがたくさんあるのです。
最近、出会った蒔絵技法のひとつ、卵殻の蓋もの。
卵の殻を砕き貼り付け、漆を塗り研ぎ出しをしていく技法。卵殻。
漆器がメインの作品展の中で、ひときわ目を引いた。
この気の遠くなるような随分前から伝統的な技法にチャレンジをしたかったそうで、満を期して今回の作品展で初お披露目という。
ひたむきさがじわじわと私の心の中へ届く。
伝統的な技法であるにもかかわらず、抽象的なモダンさがある。
伺ったところ、木地から自身の手を動かし完全なる工程をひとりでこなすとのこと。
箱の高さ、奥行き、横幅、なるほど独特の洗練さを感じさせるわけだ。
我が家の床の間の絵とも相性がよいだろう。
作風が定着してきた頃に実用性から離れたものに試み、一歩踏み出すことは、作家としてある種、掛けとも云える。とても勇気が必要なことである。
長い制作活動をしていると、踏み出すべきか迷う時が何度か訪れる。
その実、私自身もそういった手間を惜しまない作品を無性に作りたくなり、時間と気持ちのゆとりを持ちたいという思いが高まったことが、拠点移動の理由のひとつでだった。
この気持ちが、ぶれないように。
かなりの労力と緻密さ、集中力が尽くされた作品を、自分への鼓舞として手元に置きたい。
絶妙な時季の出会いだ。
手間をかけられたものが放つ気は、静かだが確かなものとして心にダイレクトに流れ込んでくるようだ。
威圧感はないが、さらさらとした生気のようなものが宿る。
床の間の前で座す時間は、不思議と心地よいものである。
自分を遥かに超えた手仕事に敬意を払いたいと思います。