2025.05.01
時間を遡る1日旅行
父の仕事の関係で中学から高校にかけて住んだ町、北薩地方の阿久根市。
その町で住んだ家は、父の職場で斡旋された平屋の一軒家だった。
そこが事実上、家族全員が一緒に暮らした最後の家だった。
私は後に短大の寮に入るため熊本県へ。そして就職でそのまま福岡へ。
結局、私は人生の大半を福岡で過ごし、昨年、鹿児島へ戻ってきた。
両親もそれなりの年齢になってきた。
いつかかつて住んだ町へ一緒に訪ねてみたかった。
友人たちの協力やコネクションを得て、車で2時間近く。
地元に住む友人に予約をお願いしておいた美味しいお魚を出してくれるお店で、まずは腹ごしらえ。
信じられないくらいの種類の鮮度抜群のお刺身の盛り合わせに、漁師というあだ名がつくほどの魚釣りが趣味の父も大興奮。
外を歩くと、海風が心地よい。
素晴らしいお天気に恵まれた。
美味しいお魚と美味しいお酒を楽しんだあと、長島町へとドライブ。
まるで異国のような海と最高のドライブコース。
長島は赤土でできる新じゃがや海産物が有名である。
道の駅でご当地物産を物色し、かつて住んでいた町へ向かった。
父の勤務先、母が買い物をしていたスーパー、徒歩で通った中学校への道、かかりつけだった病院、公民館、ラジオ体操に通った海水浴場へと続く細い路地、そして、かつて住んでいた平屋。
道から少しだけ見える赤い手すり。あの手すりの右奥が私の勉強机がある部屋だった。当時のままだ。
手前には大家さんが住んでいらっしゃって、その奥が我々がかつて住んでいた家だった。
母は、懐かしさのあまりさっさと車を降りて家の前まで行き、ぐるりとひと巡りし、今は誰も住んでいない様子が伺えると、当時より新しくなっていた大家さんだった家へ向かいインターホンを押していた。
玄関先に出てこられた方は、大家さんの息子さん夫婦だった。
息子さんは、私の記憶の中の大家さんにとてもよく似ていてタイムスリップした気持ちになった。
懐かしさあまりに突然インターホンを押した母は、ふと我に返って急に恐縮していたが、気持ちよく息子さん夫婦も対応して下さった。
息子さんは、今日、懐かしいお客様方がお見えになったと、両親に報告しておきます。
と、笑顔で語ってくれた。
当時の大家さんご夫婦は既に亡くなられていた。
もっと早くに両親を連れてくればよかったと悔やまれた。
引越しの多かった我が家は、本当にあちこちに住んだ。
中でもこの阿久根市は、鹿児島でも北部ということもあり、交通の便も悪いので、気持ちはあっても足を運ぶ気にならなかったのだろう。
とても喜んでいた様子だった。
人が生きた時間を遡る場所へ出向くことは、大切だと思う。
特別なことをしなくてもそこを歩くだけでも、それらの景色や匂いなどが、思い出の数々を満ち足りたものへと変えてくれるように思う。
たとえ町が変化していたとしても、どこかに当時と全く変わらない何気ないものを不思議と見つけられるものである。
そんなこの場所を以前から知っているという印のようなものを、確認できると心が安堵する。
おそらく両親それぞれに見つけた印があったのだろうと思う。
私もいつの日か、福岡のかつて住んだ町のマンションのあちこちを訪ねようと思う、加えて、今、お世話になっている個展先の土地も訪れようと思い、帰路についた。