2022.05.01
下駄デビュー
昨年、感染者が極端に落ち着いていた頃に信州松本を訪れた。
少しだけ仕事も兼ねてはいたのだが、興味対象ごとが似通ったフリーランスの友人を誘った旅は一泊2日とは思えないほどの充実した旅だった。
信州松本に着くとまず訪れた歴史ある和菓子屋で、案内を見つけた近くの呉服屋さんに立ち寄ることにした。
呉服屋の旦那さんはとても気さくで、観光客慣れしたお話し好きと見受けられ、私の持っていた地図を目にするとすぐにおすすめのお店やお土産、美味しい蕎麦屋などなど持っていた地図に丸をつけながら、お店の名前や情報をどんどん書き込んで下さった。
教えて貰ったお店をほぼ忠実に見て回っていたら履物屋さんを見つけた。
あ。私、下駄欲しいのよね。このお店入ってもいい?
え?下駄?あなた着物も着ないのにいつ、どこで履くの?
ま、いいわ。入ろ。
友人は私の意外な提案になんだか怪訝そうだったが、豊富にある下駄の鼻緒を見ていると、友人は大興奮し始めた。
もう、お店の方の説明を被せるくらいの興奮ぶりで、お店の方と友人が同時に喋っている状態に、
ちょっと、ちょっと落ち着いて。時間まだまだあるから。
と苦笑いで制したほどだった。
日本人の足元は下駄だった時代から時は経ち、装いの変化に合わせて履き物も随分と多様化している。
それに伴い、体型や姿勢も変化しているように思う。
鼻緒が変わるとガラッと下駄の顔が変わる。
台に合わせると浮かび上がる表情の違いがとても楽しい。
呉服の世界はこうやって柄や色、素材の取り合わせを眺めているだけでもわくわくするのですから、着物の世界に首は突っ込んでいないとはいえ、この楽しさはまるで魔物。
いやはや女性とは困った生きものです。
鼻緒だけでなく下駄の台にも様々なスタイルがあることを知った。
駒下駄。
高下駄。
千両下駄。
舟形下駄。
日和下駄。
右近下駄。
ぽっくり。
そして台の素材、そこに塗りを施したもの。
いろんな下駄を実際に履かせて貰い店内を歩いてみた。
木の質感が素足に心地よく、下駄によっては足の筋肉の使い方が靴とは違いぎこちなくなった。
音もよい。
表の石畳の道を小走りしてみたくなった。
わあ、面白いなあ。
相変わらず、友人はきゃあきゃあ言いながらこれもいいな、あれもいいな。それもいいね。あなたどれにするの。と、目移りして大騒ぎ。
結局、友人は馬の毛で織った品の良いオフホワイトの鼻緒を選んだ。
お茶会の時に履くのだそうだ。
私はと言いますとあれこれ迷った挙句、鼻緒は深い茜色の図柄のもので、台は右近下駄で、なるべく白めの木肌でリクエスト。
前坪は赤でお願いしまして、履き慣れないから滑り止めも張ってもらうことにしました。
1時間後くらいにもう一度来てくれたら鼻緒すげときますから、松本の街を楽しんでください。
と履物屋の女将さんが笑顔でご挨拶してくださった。
お店を出ると、入る時とは真逆の興奮状態の友人が私に尋ねた。
ねえ、浴衣持ってるの?いつ履くの?
夏になったらきれいめのワンピースにミュールじゃなくてあえて下駄で合わせたいんだ。
軽いから旅先に持って行っても、ホテルの部屋で履けるしいいと思わない?
ああー、いい!それ!
私も真似しよっ!
1時間後、鼻緒がすげられた下駄は、なんとも優しさと清潔な感じが漂っていた。
私たちが店を出た後、女将さんが二足とも鼻緒をすげたらしい。
これまでは鼻緒は旦那さんがすげていたらしいのですが、大病をして入院しお店に立てなくなったので女将さんがひとりでお店を切り盛りしながら少しずつコツを覚えて、すげられるようになったという。
おかげで早くなりましたよ。
たくさん履いてまた次に松本来る時、下駄持ってきて好きな鼻緒を選んだらいいですよ。
またすげてあげますから。
色白で華奢だけれどもちゃきちゃきの女将さんが、笑顔で私たちを送り出してくれました。
やっと履ける季節になってきました。
下駄デビュー、間近です。