2022.01.14
香りの儀式 その壱
贈り物。
いつもよりくたくたになってアトリエから戻り、ポストを確認すると分厚い封書の郵便物が届いていた。
宛名に見るのびのびとした文字は、私よりひと回りほど若い友人のものだとすぐに分かった。
空が夕焼けの優しい色に染まり始めていた。
温かい飲み物を用意して窓辺のロッキングチェアに座って封を切った。
え!何これ!なにこれ!
私の名前のお香だった。
しかも私の好きな香り白檀入り。
彼女はアロマライセンスを取得していて効能にもかなり詳しい。
会うと必ずいろんな話で盛り上がるのだが、いつもハッと思い出したように
「右手を出してください。ハンドマッサージしてあげますよ。」
と、持参してきたオイルやタオルを手際よく広げて、その時の季節などに合わせてブレンドしてきたオイルの効能を説明してくれながら、温かい手でマッサージを始めてくれる。
「手を使うお仕事だから、やっぱりすごく凝ってますよ。」
手をマッサージして貰うってこんなに幸せな気持ちになれるんだ。
毎回、とろけそうな心地になる。
チャーミングな笑顔の彼女が、
へへへ。見つけちゃった!みゆきのお香!びっくりしました?
そんな声が聞こえてこた気がして、さっきまでのくたくたな気分が一気に和らいだ。
サプライズな香りの贈り物は実は2回目。
昨年、愛知県にお住まいの長いお付き合いのお客様から、感染者が激増でショウルームにまだ行けませんが、オープンのお祝いにと贈り物が届きました。
ピアノの鍵盤モチーフの箱を開けるととっても綺麗な色が整然と並んだ京都の好きなインセンスメーカーのものだった。
香りの香調を組み合わせて楽しんで下さい。
と、達筆な文字のメッセージカードが添えてあった。
これまで香りの違うインセンスを何本も組み合わせて使うという発想はなかった。
でも、よくよく考えてみると、組香遊びでは幾つも混じった香りを当てっこするわけだから、香りの階調を楽しむ使い方は何も特別なことではないわけで、これまで知っていたそのことはただの点の知識であり、実生活で取り入れるという線の知識にはなっていなかったのだとはたと気付いた。
まさに点が動いた瞬間だった。
綺麗で使うの勿体無い。
けど、使いたい!
どんな時に使おうか。
そうだ。
アトリエでひとつの作品が完成し切った日に後片付けが終わった後、その時の気持ちに近い香りのものを焚こう。
出来上がったひとつの作品を清める。
そんな思いで使い始めた。
頂いたインセンスの贈り物がきっかけで、昨年から制作工程のひとつの儀式となった。
今年はこのみゆきのインセンスが香りの儀式となる。
今年もどうか怪我のない制作で、ひとつひとつ佳き気持ちを込めた作品をたくさんたくさん生み出せますように。
香りは贅沢だと思われがちですが、常に動き続ける心を静かに留め、清めてくれるもの。
現代社会では、心をゼロベースにするためのひとつのツールではないでしょうか。
次回は、我が家の自宅での香りについてのお話しということでその弍、続編です。