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2021.01.18

擬似体験

 

 

 

 

今朝も早くから続々と白い路面の駐車場へと方々からの車両ナンバーを掲げた車が滑り込む。

入念な準備を済ませた登山者達が、小気味良いアイゼンの音を響かせながら入山してゆく。

 

 

 

 

前回より雪は少なめ。

しかし、曇り空に覆われて空中も足元も辺り一面が白。

 

 

 

 

このコースはアップダウンが適度にあり、景色も何度となく楽しめる。

ひとつめのポイントの手前あたり、高度がかなり上がった付近から太陽がちら見えしつつも、気温の方は40分前より確実に下がっている。

 

雄大な山々の側面に雲の合間から朝日が差し、黄金色のスポットライトが白銀の衣装をまとった木々たちのシルエットを照らし、前回登頂時の景色とはまた趣が異なりしみじみと見惚れた。

何ショットも撮影していると直ぐに手先がじんじんしてくる。

 

今日、目指す山は、星生山だ。

 

 

 

分岐点まで辿り着いた頃、空の雲が一気に動き始め風が強くなってきた。

目指す星生山を見上げる。

秋口に訪れた時は、山頂からの尾根歩きがとても心地よかった。

さぞかし、今日は頂上は風が強く立っていられるのだろうか。

不安がよぎる。

昨年も雪山の星生山の登頂を断念したので、今回は太陽を信じて登頂を決意し歩き出した。

 

頂上が近くになるに連れて風は更に強く、雪も深くなり、前人の足跡も消されるほど新雪が積もった登山道は、宝石のように煌めきが眩しかった。

かなり指先と鼻先が冷たい。

頭上では、8ミリ映画のようにただひたすらに雲が勢いよく流れていた。

 

 

自分の息遣いと鼻をすする音、風の音しか聞こえない。

 

頂上に着くと、上下、左右、境界不明な白の世界にぽつんと頂上を示す標識が岩場に浮き上がるようにして突き刺さっていた。

標識の根元にくくりつけられた気温計には雪がこびりついている。

気温計の目盛を読み上げた。

風の音にかき消されたのだろうか、友人が再び聞き直した。

え?何度?

マイナス8℃。

マイナス8℃!!!

友人が大きな声で復唱したのを合図に、下山方向へと再び歩き始めた。

 

とにかく風が強い。

手先と顔全体が痛い。

もう呑気に立って歩いてられない。

前傾姿勢になり、やや重心を下げてひたすらに下山する。

 

 

 

 

下山始めてしばらくすると、雲が流れ切った空に太陽が現れ青空がすぱっと広がり始めた。

 

ちょうどよいあんばいの岩の屋根のような窪みを見つけて、そこにシートを敷きザックをおろしクッカーを取り出して湯を沸かした。

友人は、コーヒー。

私は、生姜蜂蜜の入った葛湯を飲むことにした。

 

葛湯はこんなに美味しい飲み物だったか。

身体中に暖と優しい甘さが染み渡った。

 

 

 

 

つい先ほどの痛い冷たさと風が嘘のような天気になった。

 

無風の穏やかな青空にぽかぽかの太陽。

眼下には、樹氷の群れ。

なかなか冷めない葛湯を片手に日向ぼっこの気分になり、まどろみそうなほどだった。

 

 

 

九州生まれの私にとって、マイナス8℃なんて生まれて初めての体験だった。

本物の登山家達は、とてつもなく勇敢だ。

改めてそう思った。

 

山岳小説の世界だけでなく、瞬間ばかりの登山家擬似体験をしたのかも知れない。

そのことは、少しばかり私自身が進化したような気がして密かに嬉しい思いのするものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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