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2018.07.04 /

 

 

 

水滴ペンダント。

 

表面張力ぷるっぷるの水滴をイメージして、3つの水滴が隣の水滴に吸い取られて、今まさに2つになった瞬間。

 

 

 

 

 

少し長めのペンダントです。

磨きは抑えめなので、ボリューム感の割には主張が過ぎる感じはないです。フォルムラインも曲線なので、量感の割には、やわらか。

 

装いのテイストも偏らずに、カットソー、ワンピース、冬はコート下のタートル、ボタンをきっちり閉じたシャツの上からと、柔軟なスタイルにこなせるのではないかと思います。

 

梅雨もそろそろあけるかな。

 

そんな気分で、水滴ペンダント。

 

 

 

 

 

2018.06.27 /

 

 

 

雨上がりの早朝。

 

バニラ色の空から地上に顔を出す寸前の朝陽が届く。

葉の裏にぽっつりとたまった朝露。

 

ゆらゆらと揺れる。

近くの景色を全て包み込んで、ゆらゆらと揺れる。

 

息をひそめてのぞき込む。

 

ひとつ。ふたつ。

今朝は、たくさんの朝露の実がなっていた。

 

やがて朝陽は昇り、ここにもそこにも街中全て、それらの裏側にまでも届いていた。

気がつくと、朝露の実は、消えてしまっていた。

 

幻のような実。

また、明日も見れるだろうか。

 

 

 

 

 

朝露チョーカー。

 

 

 

 

 

2018.06.21 /

 

 

夕霧草。

 

線香花火のように咲く深い紫色した夕霧草。

日本の花の名は誰がいつ頃つけたものだろうか、とても情緒のある名が多く、花の名は和名の方が気になるたちだ。

 

漢字になったものを目にすると、まるでその花の姿そのものに見えてくるものや、音で聞くより生息環境などを理解できるもの、その花の性格までもを表しているように思えたりする。

個々の花、その生き方や物語を感じさせる。

まるで人のようでもある。

 

 

 

 

 

食卓の一輪挿しに飾る夕霧草は、音のない小さな花火のようだ。

花の向こうに茜色の空が見えるような安らぎが漂う。

 

空間を邪魔をしないそのバランスの取れた存在は、洋花にある誰が見ても感じる魅力とはまた異なる。

この花には、夕暮れ時に誰もが感じるあの名残惜しさや寂寥感のようなものが少しだけ混じっている。

 

そこの部分がどこか安寧する故かもしれない。

 

人もそうだ。

いつもいつも元気で前向きで笑っていられたらよいのだが、実際そんな方がいると時に重たく感じるものだ。

寂しさのようなものや不安を垣間見た瞬間、その人のことをより人間らしく近くに感じるもので、ふと寄り添ったような気持ちになる。

 

人が持ち合わせている孤の部分は、生身の人間であるという証しのように思う。

過剰に演じたり、偽る必要はないのではないだろうか。

 

内なる孤を抱きしめる。

そんな気配のするものを無意識のうちに選び、身の回りに置くようになってきた。

 

 

夕霧草。

宵の刻、今日もどこかの食卓で小さな音のない花火があがる。

 

 

夕霧草ペンダント。

 

 

 

 

 

2018.06.18 /

 

 

 

シガレットピアス。

 

 

 

 

 

 

確かに煙草は体にはよくないのだろう。

愛煙家たちの健康のため、嫌煙家たちのため、すっかり浸透してきている電子タバコ。

 

煙草が一箱千円になったら、辞めることを考える。

辞めることなどみじんも感じさせなかった友人が、ずいぶん早くに電子タバコにシフトした。

意外だった。

そもそも電子タバコとはどんな仕組みなのか?

煙草には全く縁のない私に分かりやすい説明をしてくれた。

この電子タバコで一服するには、実は、予め充電器で充電が必要なんだよ。

 

その話を聞いて吹き出してしまった。

電子タバコとはよく名付けたものだよ、説明しながら私の吹き出す姿を愉快そうな顔して眺めていた。

 

長引く会議も詰まり気味。

ちょっと一服して充電してきますわ。

席を立つ上司。

サラリーマン時代に過去経験したシーンをふと思い出した。

 

タバコを吸う行為が充電であった筈なのに、実際にコンセントで充電という事前準備が必要な時代になってしまったというわけだ。

充電のための充電。

時代は進んでいるのか後退しているのか分からない。

 

 

話は続いた。

吸いたい時に吸えないのは嫌だからと予備充電器まで持ち歩く。

煙草を吸うための一式がこれだよ。

これは、ただの喫煙似非行為だ。

あまりにも味気ない。

辞めることを前提という意味でのシフトということにするんだ。

今度は、渋い顔をしながら決意表明の自分の言葉を噛みしめるようにしてうなづいていた。

 

 

便利になるということは、情緒がなくなることである。

手軽さを得るためには、趣や情感を失うことを代償として差し出さなければならない。

もっとも、手軽さしか知らなければ、失う感覚もないのだろうが。

 

 

煙草を吸う粋な男たちの映画の世界に憧れた時代に生きた友人は、

煙草吸うタイミングやシーン、グッズなど個人としてのこだわりを含めて何かしら嗜んでいたのだろう。

 

私が初めてヨーロッパへ行った時には、まだ飛行機の座席には喫煙席があった。

喫茶店という言葉も、もう死語だ。

お茶をする場所は今ではカフェと言われているが、では日本語で表現するならばどうなるのだろう。

甘味処でもない、茶屋でもない、思いつくのは古めかしい言葉ばかりだ。

 

 

時代は更に進み、電磁波機器持ち込み禁止車両や食事処などが出てくるのではないだろうか。

 

あらゆる趣味嗜好を持った人々と共存してゆくこと。

これが、世間に属し生きるということだ。

私の嗜好も誰かにとっては不愉快かもしれないわけでもある。

 

しかし、煙草の匂いはあらゆるものに恐ろしく残り香を付着させてしまうので、本音のところは苦手ですなあ。

 

 

 

 

 

 

2018.06.12 /

 

 

 

帯ペンダント。

 

このペンダントは、実は前回アップのトルコ石のペンダントと土台の形は同じなのです。

ダイヤ型、とはいえ、御多分に洩れずな変形ダイヤ型なんですが、その土台の上を帯が巻いているイメージ。

 

 

 

 

 

荒目ヤスリ目を残した感じで仕上げて、ちょっとこなれた普段着な帯。といった感じでしょうか。

 

銀ならではの艶やかさを出せる鏡面仕上げも好きなのですが、こんなユーズド感も受け入れられるのも銀のよさではないだろうか。

 

服地でいうところのデニムのような素材かもしれない。

きれいめの装いにもできる、ラフな日常着にもできる。

本来は作業着であった。

 

身につける人のその日の目的に沿う。

こなせばこなすほど身体にフィットしてくる。

 

そんな銀の装身具になれるよう、今日も明日も銀に触る。

 

 

ちなみに。

同じ型の前回アップの一点ものターコイズペンダントは、誕生月がターコイズの元へとお嫁に行きました。

きっといっぱい愛情頂けることでしょう。

元気でね。

にっこり。

 

 

 

 

 

 

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