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PENDANT

2017.08.22 /

 

 

 

定番化してきたものでスカーフパールというネックレスがある。

ひょっとしてお持ちの方もご覧いただいてくださってるかな。

首元にスカーフを巻いたようなイメージの大人のボリュームあるネックレスで、10連の淡水パールを結んだり、よじったりして楽しむものだ。

 

 

 

 

 

 

そのネックレスの対のようなものをとずっと思っていたのだが、ようやくまとまった。

 

ネクタイをイメージしたもので、タイパールと名付けよう思っている。タイランドのタイとは縁はありませんので予め。

 

キリッと締めた銀色のタイにタイタックさながらのデザインで、14ミリほどのタヒチブラックパール。

スカーフパールとは違ったシャープさ。

ハンサムウーマンな方が使いこなしてくださったら嬉しいな。

いや、案外、第一印象がソフトな方が使いこなすのも醍醐味かもしれない。

 

そんなあれこれをイメージしながら仕上がった。

 

 

ネック部分がドイツ製のボリュームあるチェーンで、タイの上にはグレーパールを使用したスタイル違いで作ってみました。

別な機会にそちらもご紹介致します!

 

 

 

2017.08.01 /

 

 

 

 

月暦。

ヨガクラスを終えて家路につく道すがら、見上げた空には、スパッと切り離したような半月が浮いていた。

今日は、半月か。

 

 

 

 

 

 

照明をつけていないはずの寝室が、ほんのりと明るい。

ベランダに出てみた。

あ!今夜は満月だ。

 

 

車の中から低い空に偶然見えた消え入りそうな三日月。

あんな美しい曲線、表現できたらよいのに。

 

 

 

行き交う人々は、今夜、頭上に月が出ていることに気づいているのだろうか。

月を見た夜は、それが、まるで自分にだけに見えたような気持ちになり、どことなく得した気分になる。

 

満ちてゆく月。

欠けてゆく月。

どの形もそれぞれに美しい。

 

 

 

月暦ペンダント。

回転させて使うこともできるんです。

 

今夜は、どんな形の月だろう。

 

 

 

 

2017.06.26 /

 

 

気がつけば、月末になろうとしていた。

しばらくぶりのアップになってしまいました。

 

 

 

 

 

今年は梅雨入り宣言されてもざばっと雨が降った日がちらほらしか記憶にない。

 

ここのところ、早朝ジョギングならぬ、早朝散歩を始めた。

季節は梅雨。

モヤっと白く曇った空の朝。

空気はちょっぴり冷たくて世の中がまだ動き出す前の喧騒のない街は、通勤車や行き交う人もほとんど少なく程よく静かで気持ち良い。

1時間もしないうちにどんどんせわしくなってくる。

どこを歩こう。

なんとなく喧騒を避けるルートを選ぶうちに、福岡の高級住宅街エリアを歩くことが日課となってきた。

緩やかな丘になった地形に建ち並ぶ立派なお屋敷や、モダンな建築、どちらさんもお屋敷だけにとどまらずお庭や植栽が素晴らしく、道路から眺めていてもちょっとした公園を歩いている気分になる。

 

登りきったあたりで朝陽が雲の隙間から射してくる。

道端のツユクサや、たわわな紫陽花が瑞々しい光を浴びて、なんとも美しい。

 

坂道を下るとパン屋さんの焼きたてのパンの匂いが道路に溢れ出している。

思わず、深呼吸。

うーん、いい匂い。

お腹すいた!

と、歩く速度がアップして帰宅すると、朝陽が我が家のベランダのハーブたちに届き、朝陽を浴びてそよそよと揺れている。

 

休日の寝坊もよいが、休日の早朝散歩の途中モーニングを済ませて帰宅。

そんな風にスタートする日があってもよいかも。

 

朝陽を感じて、今日も素敵な1日を!!

 

サンシャインペンダント。

 

 

 

 

 

 

 

 

2017.06.16 /

 

 

 

デザインをまとめて完成したのちに、思わぬ副産物として別な使い方を発見することがある。

 

 

 

 

真珠の上にでべそみたいに乗っかったちびっこい真珠のロングペンダント。

紐替えできるようなデザインで作ったのだが、試着を何度もして最終仕上げをしているうちに。

 

 

あ!!!

 

 

 

 

 

 

 

こんなスタイルも楽しめること、発見!!

 

こんな瞬間があるから、この仕事はやめられないのよね。

 

 

 

 

2017.05.29 /

 

 

 

ある時から食事の大切さを痛感するようになった。

 

体の中に入るものが、自分の血を作り筋肉を作る全てであり、健全な体に健全な精神を宿すとこで、健やかに生きてゆく事ができる。

そして、その食事をする時間を楽しむための演出も含めて栄養となるのだと身をもって思うようになった。

 

 

 

 

若い時分から、食器は好きで少しずつ買い集めてきた。

旅先、古道具屋、知人の個展、友人が勤めるショップ。

とっておきのハレの日に使おうと思って奮発して買ったものもある。

 

そのとっておきの食器やグラスたちは、眺めては直し、磨いては戻し、はりきって使ったかと思うとすぐに洗って恭しく食器棚の最も安全そうな位置に直す。

或る日、こんな使い方をしている自分が、ふとバカバカしく思えてきた。

お気に入りを使うのにこんなにナーバスにならなきゃいけないなんて。

出番をもっと増やして日常から楽しむからこそ価値と対等になるのでは、これじゃまるで借り物と同じ。

所有しているとは言えない。

もしも、うっかり割ったりしてしまっても悔いのないくらい使えばいい。

そう思うようになった。

 

そうやって使い始めると、これまでの食事メニューとなんら変わりないのに、とても食事の時間がゆったりとして、体の中にまるで食器が持つ栄養価のようなものまで取り入れているような気持ちになり、ぐっと楽しくなった。

マットを変えてみよう。

お箸もそろそろ買い換えなきゃ。

照明を変えてみよう。

花器にしてもいいかも。

 

しまいには、食器棚の整理に至り、ほんとうに必要なものだけを残した食器棚に変身した。

 

食器棚だけじゃない、クローゼットは?

靴箱は?

部屋全体は?

 

ああ、こういうことなのか。

生活を大切にしなさいとは、その人を物語るものとなるからなのだ。

それまで意識をしていなかったが、他人は既に私のストーリーをキャッチして何かしらのセンサーを感じていたのかもしれない。

 

だとすると、実際に語る言葉以上に大切なのが日々の生活。

 

 

相手を知るためには、食事をしてみれば分かる。

人生の先輩たちがよく口にしていた。

今ではその真意がよく理解できる。

それだからこそ、企業でも接待、会食というものが重要視されているのだ。

 

 

食事をぞんざいに扱ってはいけない。

それは、きっと自分自身を粗末に扱っていることに等しいのではないだろうか。

贅沢な食事ではなくバランスのとれたものを、食す。

食事の時間としてきちんと座り、ゆったりと、ながら食事をしない。

食事の時間を削ってまでする仕事の質は、果たしてどのようなものなのだろう。

そう思うようになった。

 

 

食事のあとに、作った人に笑顔でごちそうさまと言える食事を心がけている。

たとえ自分ひとりのために作った食事であったとしても。

 

ごちそうさまペンダント。