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2016.10.26 /

 

 

分相応な生き方。

 

 

所有すべきモノや食事をする場所だけではなく、行い、使う言葉。

あらゆるシーンで自問せざるをえないことが年齢とともに増えてくる。

 

 

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過去、日本も経済が潤おうのと同時に貿易の制限も変化し、舶来のものが一気に流通し始めた頃があった。

舶来のものは全て佳きものとして市場に出回り、市民の夢や憧れをかきたてた。

実際に生産国である国を訪れると、かの車は、母国ではタクシー。おいしい本場のワインやスイーツ、食事もボリュームあるうえに格安。

しかし、かのブランドのバッグや服を着ている現地の方々を見かけることは殆どなかった。

 

長く欧州のとある国に住んでいる知人が話してくれた。

こちらには階級というものが今も根強く残っていて、自分がどのくらいの身分であるかを誰もがわきまえている。

どんな出生でどれくらいの稼ぎをしてどんな生活レベルで生きているのかをよく知っている。

食事をする場所、生活用品を買うスーパー、着る服や靴、化粧品を買う店、全て自分の身分に合った場所で用事を済ますのです。

彼らは、自分よりランクの上の人間たちに対して嫉妬もいだかなければ、自分を卑下することもない。

日本はそうではないわね。お金さえ出せばどんな人でもその場所に居ても誰も文句は言わない。

こちらではそんなことをしたら、恥をかくのは自分自身だとよく分かっている。本当の意味で自尊心を持って生きるとは、そういうことを示しているのではないかとこちらに住んでみてよくわかった。

 

この話を聞きながら、国民の中にある芯のようなものを感じた。

高級なものを所有することで、自尊心が上がるわけではない。

階級こそはないけれども生活レベルの違う人間が混じり合うことは、資本主義が生んだ自由。

お金を使うことで見えてくる世界もある。

 

何れにしても、今現在の日本の姿は、日本人という種族に最も適合した形であるように思うのであるが、芯を感じることができないのは、自由と甘さがないまぜになっているからだろうか。

 

 

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伯爵が着衣していただろう襟を立てた服。のイメージ。

 

伯爵リング。

 

階級は違いますが、ワタクシの好みのリングとなりましてよ。

 

 

 

 

 

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