INFORMATION

2017.02.19

熊本個展のお知らせ!!!

 

 

熊本個展のお知らせです。

 

なかなかスケジュールが合わずに気がつけば4年ぶりの熊本個展です。

 

 

 

末野美由紀シルバーアクセサリー展

3月1日(水)- 9日(木)

11:00   –    19:00  最終日は17:00まで

 

ギャラリーモエ にて

http://www.gallerymoe.com

 

とっても素敵なギャラリーさんです。

ホームページも素敵ですので、ぜひご覧くださいませ!

私は初日の1日在廊しております。

 

DM欲しい方はご遠慮なくお知らせくださいませ!!

しばらくぶりの熊本個展、非常に楽しみに最後の準備を頑張ってます!!

 

 

 

 

2017.02.15

今日の足あと

 

 

今日、私のために私自身のために何をしよう。

 

 

 

 

 

 

我が家のすぐ隣に駐車場がある。

持ち主は知らないのだが、その方はおそらく徒歩でやってくるのだろう、駐車場に置いてある商業用の特殊な大きな車に乗り、毎朝決まった時間にエンジンをふかし出掛けて行く。

 

冬の夜明け、まだ朝陽が昇る前にそこら中に響く車のエンジン音。

 

 

今日が始まる。

目覚まし代わりとなっている見知らぬ人の車のエンジン音を確認すると、ベッドの中で今日の予定をイメージし組み立てる。

 

そして、そのあとおまけでもひとつ考える。

 

今日、私のために何をしよう。

 

今日、私は私自身のために、花を買おう。

 

ちょっと奮発して春色の花々を買い込み、背の高い大きな花瓶に活けた。

どこに置こう。

いつもの床置きをやめて、小さなダイニングテーブルの上にどんと置いてみた。

 

いいじゃん!!

まるでそこに、にこにこと誰かがやってきたかのようだ。

 

 

今日の足あと。

今日、私は私自身のために花を買ったよ。

 

 

 

 

2017.02.05

千変万化の居場所

 

 

この陽だまりの中をうごめくわずかな風。

 

季節が変わろうとしている。

時間が変わろうとしている。

 

 

 

 

周囲が変わると、心の有り様も変化する。

心が変われば新しい自分になれるのか。

無意識下で居場所をずいぶんと探し求め続けてきた。

 

この街、かの土地、あの国、方々探し回った安寧なる居場所は、現実にはどこにもないという声が明確に聞こえ出す。

けれども、まだ訪れていない場所が一か所ある。

そこへ向かうためには、手段を会得しなければならない。

 

彷徨い続け、気分屋で、疑り深い、それでいて影響を受けやすい、流れゆく、訪れるのが難しい場所。

 

不安定なものの全てが集合している全く見えないその場所に、居場所を築けという言葉が体中に響く。

 

ここは、私の理想の居場所だ。

決断することで、たちまちにしてその土地は見え始めるという。

 

今、

この陽だまりの中にうごめく風の中に、居場所があった。

 

千変万化する居場所は、いつどこへ。

 

万事この場所に。

不動のここに。

常に共に。

 

 

 

 

2017.01.22

エアメールバランス

 

 

親しくしている人から昨年のクリスマスに届いた贈り物。

 

思いがけず届いた贈り物の包みを開けると、以前から気になっていて欲しかったものだった。

 

 

 

 

 

 

一緒に買い物をしていた時に反応を示してた私の様子を記憶していてくれたようだ。自分自身は日々の煩雑さに紛れすっかり忘れていた。

それだけにとっても嬉しかった。

電子メールで全てを澄ませるよりは、少しだけアナログなスペースを残しておきたいと、自筆にはさっぱり自信ないが、何かと切手を貼って送る機会を持つようにしている。

 

 

 

時には、お礼の心付けにチョコレートを同封したり、写真やポストカードを同封したり。

そんな時の為に目盛りも見やすく、デスクのすぐそばに置いていてもサマになる。

 

封をした後、切手を貼る前の測量。

たったそれだけの刹那。

これから、その刹那が楽しい時に変身する。

 

頓挫しているペン字も、また始めようかと思わせてくれる。

 

文房具には、夢がある。

アナログだからこその夢が、ふわふわと広がっている。

便利でスピーディなものが持つ夢の広がりとは、また異なり。

 

 

 

 

2017.01.11

工程の中に潜むものたち

 

 

彫金。

俗に我々の仕事をそう呼んでいる。

金属を彫るという、本来はもっと緻密で高度な技術作業を示していたと思う。しかし、便利で画期的な道具が増えた現代では、緩やかで広範な意味において金属を加工することをも含んでそう呼んでいることだろう。

 

 

 

 

 

月日だけはそれなりに積み重ねてきた今、思うことがある。

 

彫金工程で絶対的に必要となる技術はふたつに絞られるように思う。

ひとつは、のこ刀を操れること。

もうひとつは、ロウ付けができること。

逆に言えば、このふたつさえ出来れば、教わることなくしても作りたいものへの情熱さえあれば、数多くの制作訓練の中で他の技術は自ずと進化し、会得できてゆくものではないだろうか。

 

のこ刀を操る。

力加減と呼吸、そしてそこに気持ちをそっとバランスよく沿わせることがとても大切である。

三位一体のバランスを習得することが、操るへの到達地点。

力加減と呼吸は、のこ刀を沢山無駄にしながらコツをつかめるようになる、これは訓練の域。

しかし、そこに気持ちを沿わせる事は、恥ずかしながら未だにコントロールを誤ることがある。

つまり、力加減と呼吸バランスよりも気持ちが暴走すると、切断完了間近でのこ刀を折ってしまうのだ。

再び三位一体のバランスの舵取りやらなければならない。

その度に思い出す言葉がある。

過酷な砂漠を旅するキャラバン隊の格言。

人は、オアシスを見て死ぬ。

 

大袈裟だか、少し通じているように思う。

 

ロウ付けをこなす。

銀の融点は1000度弱。この温度を超えない範囲で接着させたいもの同士の温度が同じになった時に、銀よりも低い温度で溶ける銀ロウで接着を促す作業。これがいわゆるロウ付けである。

金属は熱をどんどん吸収する一方で、油断するとすぐに冷めてゆく。

火を常に与えながら、まんべんなく温度を上げてゆくと接着の準備がお互い整った頃、お互いが浮き上がるようにしてそれぞれ離れる。

そのあと、ベストなタイミングで銀ロウがするっとお互いを一緒に包み込むようにして回りこむと、少しの距離と空間保っていたお互いが、お互いを吸い込むようにしてすうっと接着する。

ぴったりと接着したその最後の瞬間、ロウが星のようにきらっと光を出すのです。

この光を見届けた時、私の中に澄み切った落ち着きが爽快な風のように駆け抜け、すぐに温かい安堵感がふわふわと充満してゆく。

そのささやかな光は、とても美しい。

 

ロウ付けは、人と人の関係にも似ているように思う。

 

のこ刀を操るコツは、人の生きゆく進む様のようであり、ロウ付けは人と人が深く関わる様のようである。

 

と、そのようなことを密やかに感じているのである。

 

おそらくどんな仕事の手慣れた工程の中にも、そんな密やかなものたちがふんだんに潜んでいることだろう。

長く続けてゆけば、シンプルなことが深く感じるようになってゆく。とは、よく耳にする言葉だ。

人にやるべき仕事が与えられていることは、なんと有難いことであろうか。