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2018.08.20

文楽に親しむ

 

 

 

日本の古典芸能のひとつと言われる浄瑠璃。

遡ること室町の頃が発祥だといわれているらしい。

 

一方、文楽は、大阪の文楽座で始まった浄瑠璃人形劇を示し、厳密には別物であるという。

 

 

 

 

 

 

私にとっては未知の世界。

細かいことはさておき浄瑠璃でも文楽でもどちらでも、とにかく観劇するタイミングを見計らっていた。

ようやっと、先週末に九州唯一の観劇場博多座へ出向き、観劇して参りました。

 

此れ、めっぽう愉しい!!

 

映画やドラマ、脚本家で知られる三谷幸喜氏の三谷文楽。

6年ほど前から全国を周り、今回、福岡では初公演だったとか。

 

浄瑠璃といえば、近松門左衛門。

当時あまりにも大ヒットし、実際に心中ブームが起きてしまうほどだったという「曽根崎心中」。

内容はその曽根崎心中をベースにしたもうひとつのお話。といったところ。

 

ご存知の方には、ちょいと飛ばし読みして頂くことにして。

 

舞台はどんな感じかと申しますと、正面上部に三味線と太夫たちの座が設けてあり、幕やお話の内容によって、可動式のセットで右から三味線3人ほど、左から太夫ひとり、もしくはふたりが座ったまま現れまして中央でピタッととまり整列する。

陰翳礼讃な灯りのなか鳴り響く三味線の伴奏。

裃姿の男達の力強い三味線生演奏、渋い!渋すぎる!

太夫たちは、幕の長さによって交代しながらナレーションと台詞を独特の節をつけて話す、というより唄う。

泣くシーンでは声色だけでなく白いハンカチを出してすすり泣き、取っ組み合いのシーンでは、上半身を揺さぶりながらの芸達者な義太夫にも注目。

 

舞台の方はと言いますと、少し低めにセットされていて観客席からはちょうど人形が床に立っているように見える高さになるような衝立が施してあります。

一体の人形に対して3人の人形遣いが黒衣をつけて操る。

これは、3人の息がぴったり合わなければ、人形は不自然な動きになる。

当然だが、足音も必ずひとりだけが人形の動きに合わせてたてる。

思う以上にたやすいことではないのだろう。

 

浄瑠璃の人形は案外大きいと何かの本で知ってはいたが、百聞は一見にしかずだ。

想像以上に人形が大きかった。

 

黒衣を着た男性の人形遣いと変わらぬ背丈で、実際に人間が装うようにきちんと長襦袢に着物、帯をしめ、足袋も履かせ、髪を結い、髪かざりに至る小物、身分に合わせた着物の柄など、注目すべきところが盛りだくさんで、人形遣いの3人の姿はすぐに視界に入らなくなった。

 

三谷文楽は、太夫の詞も現代語版にしてあり、聞き取りやすく、分かりやすい、内容や小道具演出も現代ならではのものをちらりちらりと入れることで、時代のギャップを感じさせないような配慮があり、劇場内に笑いや人情に訴えかけるものであった。

入りやすく、馴染みやすい古典芸能、なるほど人気があるわけだ。

 

 

映画がない頃の大衆の娯楽。

娯楽を通して人は、其々に得るもの、留めたいものがあるものだ。

演目に現れる人の生き様や行いに潜む、心情、道徳心、教え。

人の生きる世がどんなに進化しようとも、昔も今も変わらないものたち。

そんなものが盛りこまれていた演目に満足して余韻と共に劇場を出ると、空はいつの間にか茜色に染まり、夏の夕暮れの風が身を包んだ。

その風の中で心がふんわりとほころんだ。

 

幾つになっても、初めての経験を通して見る新しい世界は、心に広いスペースが増えたようでわくわくする。

新しいノートを手に入れたような気持ちにも似ている。

 

次回は、もう少し知識を増やして大阪の国立文楽劇場に参りたいものだ。

 

 

画像は、床本。

本来ならば、太夫が見台に置いて語る台本のようなもので、1ページに五行くらいしかないものらしいのですが、三谷文楽は5幕構成でまともにやるとかなり長くなるらしく、まるでストーリー本兼床本といった分厚さでした。

 

 

「其礼成心中」

タイトルの意味がストーリーのキーワードとなっておりました。

 

機会がありましたら、気難しいことを考えずにお愉しみあれ!

 

 

 

 

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